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【金沢】ブラタモリおすすめの観光スポットまとめ……2015.4.25

2016/07/27

ブラタモリ金沢編が2週に渡って紹介した、金沢の歴史や地形がわかる独自の観光スポットをまとめました。長崎旅行の前や教養のためにぜひご覧ください。

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金沢の基礎知識

金沢の着物

✔ 戦国時代の金沢には寺社勢力が台頭。加賀一向一揆により100年近い一向宗による支配が続き、寺町が形成されました。その後関が原の戦いをうまくしのぎ、江戸時代には加賀藩(前田家)は全国最大の100万石を超えるとなり名古屋と並ぶ城下町に発展。文化、芸術も発達しました。湿度が高いため漆塗りや金箔製造が盛んです。加賀藩直属の庭園だった兼六園は日本三名園。

✔ 金沢の南東には最大1644mの山地があり、3つの台地が市街に迫っています。その一つ小立野台地の端に兼六園や金沢城があります。親不知が有名で急な高低差から世界ジオパークに指定された糸魚川とは異なり穏やかな高低差が特徴です。3つの台地の間には川が流れています。

✔ テーマは「加賀百万石はどう守られた?」

惣構(そうがまえ)は金沢の隠れた名物 観光おすすめ度★★★

✔ 金沢城公園(兼六園)のすぐ西にある日本銀行金澤支店付近には小川があります。

✔ この小川は金沢城の堀の跡です。さらに小川沿いにある建物は、川側を入口とすると出口側が高くなっています。これは河岸段丘(=川によって生成された自然の段差)を利用した防衛の仕組みで惣構(そうがまえ)と呼びます。

✔ 金沢城は3重の惣構で守られています。金沢城当主前田家3代目は、家康に謀反の疑いをかけられたため万一の備えとして3重の惣構を作らせました。しかし同時に和睦への努力を進め、最終的には交戦や取り潰しは回避されています。

近江町市場

✔ 金沢城公園の北西にある「近江町市場」は観光スポットとしても知られていますが、実は惣構の跡に作られています。この惣構えは日本銀行金澤支店の西を通るものとは別の、より金沢城に近い惣構えです。近江町市場内のスーパー内には階段があり、河岸段丘を利用した惣構の高低差を物語っています。

参考

・金沢は空襲が少なかったため町並みが守られました。その関係で米国人への憎悪感情が少なく、終戦後は金沢に住むアメリカ人も目立ちました。

・京都の「おどい」は、惣構に似た町を守る機能です(ブラタモリ京都)。

兼六園の水は辰巳用水から 観光おすすめ度★★★

兼六園

✔ タモリさんは金沢城跡の石川門付近から見学を始め兼六園に向かいます。兼六園内の霞ヶ池の北側にある徽軫灯籠(ことじとうろう)は兼六園のシンボル的存在で、写真にもよく登場します。

✔ ブラタモリは徽軫灯籠(ことじとうろう)のそばから流れだす水路に注目します。金沢城(兼六園)は守りの関係から台地に立地するため、低地を流れる川から水を汲み上げるのは困難です。どのように金沢城に水を導いているのでしょうか?

ヒントは「サイフォン現象」です

2つの水槽間を管でつないだときに、管の中が水で満たされると、2つの水槽の水位が同じになろうとする現象。

 金沢城は「サイフォン現象」を利用し、兼六園から11キロほど台地を登った水源(現在の辰巳ダム付近)から取水していました。これは「辰巳用水」と呼ばれ、1631年の大火から金沢を守ったことでも知られています。地図上の取水口から用水は地下に入ります(ブラタモリでは放映されましたが、非公開)。

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出典:金沢市キッズページ

 辰巳用水は地下を通りますが、ずっと地中を掘り進めたわけでなく、多数の横穴から掘られました。古地図で横穴は「カマボコ」のような記号で表示されていますが、北陸には板を用いず手で巻いた特殊な形のものがあると紹介されました。

石川や富山では「細工かまぼこ」が知られています(出典:楽天。画像はクリックできます)

✔ 辰巳用水の高さは2m程度。長さは4kmほどです。昔は壁のくぼみに火を灯していましたが、かなり暗い水路だったと想像されます。

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金沢城跡は石垣の博物館 観光おすすめ度★★★☆

無題

出典:金沢21世紀美術館

✔ ブラタモリ金沢の後編は、金沢城公園(兼六園)の南東にある「21世紀美術館」からスタートしました。色が変わる不思議なエントランスがあります。後編のテーマは「金沢は美のまち」。

✔ 金沢の美は、前田家を城主とする金沢城にヒントがあります。金沢城は石垣の博物館といえるほど、バラエティに富んだ石垣があります。特に石垣にこだわったのは以下の3大名。

・初代前田利家
・3代前田利常
・5代前田綱紀

✔ 初代前田利家(戦国時代)の石垣は、兼六園と金沢城公園の間の道沿いに残っています。シンプルな野面(のづら)積みです。

✔ 野面積みは、石を加工せず積み上げたもののため、でこぼこしており登りやすく敵の攻略を受けやすいものでした。15mという当時全国最大級の高さで欠点をカバーしたと思われます。なお野面積みは、隙間が多いため排水に優れているメリットもあります。

 初代前田利家の石垣(野面積み)
 3代前田利常の石垣  前田利常の刻印を伴った石垣
 5代前田綱紀の石垣(正方形)  前田綱紀の石垣(色紙短冊積み)

✔ 関が原の戦いが終わった世情を反映し、3代前田利常の時代は芸術性が追求されたカラフルな石垣が登場します。茶色や灰色の石をバランスよく組み合わせてあります。よく見ると石に卍や☆など様々な刻印が施されています。全国有数の百万石の豊富な財源を、加賀藩は美術工芸にも投資し始めます。

 芸術性がピークに達したのは、5代前田綱紀(つなのり)の時代です。芸術好きの綱紀は幾何学的な長方形だけで作った石垣(=園管理事務所付近)や独自のピエト・モンドリアン(=大小の四角形を組み合わせたカラフルなデザイン)風の石垣(=写真)など、多くの特殊な石垣を残しました。石材を縦に置くと落下につながる恐れがありますが、芸術性が優先されています。

✔ さらに綱紀は全国の工芸品を集め、百工比照(ひゃくこうひしょう)という一大コレクションを完成させました。実物が手に入らない場合は職人に模造品や写本を作らせる凝りようでした(石川県立美術館に所蔵。不定期公開)。

ブラタモリ ふるさとコレクション(金沢の方言)

✔ 「つるつるに入った」 お酒をグラスになみなみと注ぐこと。

✔ 「ねがねーがんねーがー」 ネガはないわけではない。通称「ネガの3乗」。語尾を上げるとネガがないんじゃないの?の意味。

✔ 「しましまにしまっしま」 しま模様にしなさい。通称「しまの4乗」。

金沢の地名の由来と犀川 観光おすすめ度

✔ 金沢城は平野に突き出した台地の先端にあります。その台地を根元までたどり、金沢学院大学、金沢学院高校の南側付近の犀川を訪ねます。犀川で何を取ることができるのでしょうか?

✔ 砂金です。これが金沢の名前のルーツになっています。過去には金を1日で10万円分採った人もいます。タモリさんも挑戦します。比較的大きなものが見つかりましたが、価値は数円でした。

✔ 金沢は日本の金箔のほとんどを生産しています。金箔は、金に少量の銀と銅を混ぜ合わせて作ります。金箔の厚さは、1万分の1ミリ。手では触れないため、息や竹の棒で動かしつつ加工します。息の加減が少しでも強いと金箔は裂けてしまいます。

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出典:金箔の作り方

 伝統的な金箔の作り方は、溶かして整形した金を打ち紙にはさみ容器に入れ、金づちのようなものでたたき熱を発生させ伸ばしていく方法です。手作業だと1日8時間作業しても10日間以上かかります。金箔づくりはたびたび幕府からの禁止令(1696年など)が出ていますが、金沢人の熱意により密かに技術が守られてきました。

✔ 大正時代に、金箔づくりは金沢で発明された技術により機械化。ところが大きな音が出るため、騒音問題となりました。金沢では、騒音を解決するためにある驚くべき工夫をしました。家屋を改装し全ての作業室を地下に移したのです。金沢人の熱意の表れでした。

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