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【ブラタモリ三保松原】初夢スペシャル推奨の三保松原の歴史・地形・観光ルートまとめ #sp

2018/01/11

NHK番組のブラタモリ初夢スペシャル・三保松原編で、タモリさん推奨の三保松原の歴史・地形を踏まえた観光ルートが紹介されました。この記事では、ブラタモリ三保松原編のルートを、アクセスなどの情報とともに紹介します。

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ブラタモリ三保松原へ

写真①

ブラタモリは、静岡県の三保松原からスタート。鶴瓶の家族に乾杯とのコラボとなります。三保松原は、7キロもの長大な海岸線に、3万本の松がある雄大な景色です。

鶴瓶さんは、少し遅れて、神の道につながる羽衣の松(松林)から登場。ブラタモリ三保松原編のテーマは、一富士二鷹三茄子です。三保松原を舞台にした美人画(浮世絵)を確認すると、富士山に加え、鷹も茄子も登場しています。なぜ、縁起の良い初夢は、一富士二鷹三茄子と言われるのでしょうか?

徳川家康は、幼少時と晩年、駿府城で過ごしています。一富士二鷹三茄子は、いずれも徳川家康が大変気に入っていたもの。このことが、一富士二鷹三茄子の原点と言われます。徳川家康は、晩年には、三保松原の内陸部にあたる現在の清水区に、別荘である清水御殿を建て、三保松原をたびたび訪ねていたと考えられます。

写真②

富士山の手前に三保半島があり、その前に駿河湾がある光景は、富士山の典型的なイメージでした。

セブンイレブンの付近に三保バス停。御穂神社、神の道(松並木)を通り、丘となっている羽衣の松(写真③)を越えると三保松原に出ます(写真①)。少し北東(向かって左)へ歩くと駿河湾も見えます(写真②)。

ブラタモリでは、三保の松原から羽衣の松に戻る短いルートが放送されています。

③羽衣の松

ブラタモリは、神の道へと続く羽衣の松(松林)に向かいます。松林は、高度が少し高くなっています。なぜなのでしょうか?

これは、三保松原の砂浜が、あとから風や波で運ばれてきたことを示しています。

小高い松林(羽衣の松)を超えると、下り坂となり、神の道(松並木)へと続きます。三保半島には、太平洋沿いに自然堤防が続いているのです。

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三保松原の古い地形を探る:ブラタモリ三保松原

ブラタモリは、太平洋岸の自然堤防に並行し、やや内陸部を歩いてみます。するとB地点に近づくにつれ、坂道を登る形となります。なぜなのでしょうか?

坂を登りきり少し下ると、瀬折戸の渡しの跡の看板が見つかります(阪部小児科医院そば、黄色いトタンの壁)。半島の付け根にも自然堤防と同じような高さの場所があり、渡し船の痕跡があるということ。つまり三保半島は、かつては島だったことがわかります。

瀬織戸の渡し跡(看板の記述)

室町時代大永年間の頃まで三保半島は島となっており、駒越と浅瀬の海で隔てられていて、その浅瀬を渡し船で渡ったという。この渡しは別名(有渡の渡し)とも言われており、柿本人麻呂は「千早ぶる、有渡の渡りの早きせに、逢すありとも後にわが妻」(670年頃)と詠んでいる。

平安時代には、駿河湾に島が浮かび、背後に富士山がある風景が広がっていたのです。そして、この光景は、人々にとって非常にありがたいものでした。これは、大きな池と島を特徴とする浄土庭園の形式であったからです。平安時代の人々にとって、三保松原の風景は、極楽浄土の光景に見えたのです。

※すでに半島となっていた室町時代に描かれた絵画にも、三保半島が島として描かれているものがあります。

ブラタモリは、三保半島から、日本平パークウェイを経由し、中腹の茶畑付近を訪ねます。

平安時代の絵図にあった光景です。眼下に駿河湾が広がり、三保半島が見えます。平安時代には、三保半島右手の付け根は切れており、島の形状でした。左手に富士山が見えます。なぜ一富士 二鷹 三茄子として、三保から見た富士山が筆頭に挙げられたのかが、よくわかる風景でした。

  • アクセス:JR静岡駅よりしずてつジャストラインバス、日本平ロープウェイ行きに乗車。日本平石碑前下車。

鷹匠:ブラタモリ三保松原

タモリさんと鶴瓶さんは、鷹匠を訪ねます。そして、鷹匠が管理する鷹を、左腕に乗せてみます。調教された鷹は、タモリさんの腕から、鶴瓶さんの腕に乗り移ります。一富士 二鷹 三茄子の鷹は、この地区の素晴らしい鷹の姿から来ているのでしょうか?

一富士 二鷹 三茄子の鷹は、実は足高山(江戸時代以降は、愛鷹山と呼ばれる)を表すという説もあります。富士山が一番高く、愛鷹山は二番目だということです(諸説あります)。

※愛鷹山は、沼津周辺から富士山を見ると、富士山の手前に見える低い山です。沼津の人にとって、富士山を隠してしまう存在ですが、愛鷹山へはみな子どもの頃から登っており、親しみも強いようです。

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久能山東照宮:ブラタモリ三保松原

ブラタモリは、ロープウェイに乗り、久能山東照宮を目指します。

  • アクセス:静岡駅からバス50分。日本平(内陸部)からロープウェイ。/または、静岡駅から無料送迎バス30分。久能山下(海岸)から徒歩20分(1159段の石段)。/三保松原から移動する場合、清水駅から日本平までバス。

三保松原の南西に位置する久能山東照宮は、徳川家康を祀る神社です。日光東照宮より先、全国50の東照宮のなかで初めに建立されました。川越の仙波東照宮とあわせ、3大東照宮となります(久能山、日光以外の3つ目の東照宮の選定については、諸説あり)。徳川家康の亡骸は、遺言により久能山に埋葬されました。

  • 東照宮=徳川家康を祀る神社のこと

ブラタモリは、久能山東照宮の中心である社殿を訪ね参詣を済ませます。社殿手前の唐門には、鷹の木彫りがあり、徳川家康の鷹好きを後世に伝えます。

徳川家康はどこに眠る?

徳川家康の亡骸は、遺言により久能山に埋葬されました。そして1年後、これも遺言により、川越の仙波東照宮の場所(喜多院)を経由し、日光東照宮に改葬されました。この際に、遺骨も運んだのかどうかが、史実として争われています。いずれにせよ、徳川家康の霊は、西は久能山東照宮、東は日光東照宮の双方から江戸を見守っていると言えます。

茄子:ブラタモリ三保松原

久能山の社殿を訪ねたあと、ブラタモリと鶴瓶の家族に乾杯は、2手に分かれます。

  • 鶴瓶の家族に乾杯 …  久能山ロープウェイを降り、駿河区の住宅地を訪ねます。創業82年の米屋の店頭で販売されている握り飯を食べます。2代目であるご主人の母親は100歳の長寿。奥様のお母様も95歳で健在です。その後、ご主人の弟さんの自宅も訪問します。

ブラタモリは、久能山東照宮(有度山)の海側の参道(1159段の石段)にある、高い崖を見学します。地層は、丸っこい黒い石からなります(泥岩)。元は、川が運び海底にあった黒い石が、隆起により地表に出たものです。有度山は、隆起によって誕生した場所だったのです。

隆起の速度は速く(10万年で300m)、フィリピン海プレートとユーラシアプレートがぶつかり合う、活発な地中の活動が伺えます。隆起した有度山は、10万年にわたる潮の流れで、海側の半分程度は削られ、それが流れ着き三保半島になったのです。

有度山や三保半島を特徴づける黒い砂は、三茄子の茄子に関係しています。どういうことでしょうか?

出典:アンテナショップきらり

ブラタモリは、三保半島折戸地区の農家を訪ねます(上述、瀬織戸の渡し跡看板の周辺と見られます)。

丸い形が特徴の折戸なすが栽培されています。足元を見ると、宇度山や三保半島を特徴づける黒い砂がここにも見られます。黒い砂は、日光を吸収しやすく、促成栽培を可能にし、折戸なすは初物として有り難がられました。当時、ナス5つが1両(現在の価値で10万円)で売られました。

一富士 二鷹 三茄子は、一番高いのが富士山、二番目に高いのが愛鷹山(足高山)、負けじと高価なのが折戸ナスという意味だったのです(諸説あります)。

折戸ナスを焼くと、何もつけなくても甘くてみずみずしい、リンゴのような味の雰囲気もある、絶品の焼きナスに仕上がりました。徳川家康が好んだことが、非常に納得できる味でした。

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