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ブラタモリのまとめ

東京駅(丸の内・皇居・桜田門)周辺の歴史観光案内……ブラタモリ2015.1.3sp

2016/01/18

徳川家康の江戸入城以来、桜田門外の変、日本の高度成長など数々の歴史を刻む東京駅丸の内側の歴史観光案内をブログ形式で紹介。ブラタモリの内容の記録を兼ねています。丸の内・皇居・桜田門周辺が登場します。

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ブラタモリが東京丸の内で発掘した3つのこと

① 丸の内に江戸幕府の大名屋敷の面影があった。
② 桜田門外の変の浪士が駆け抜けた?日比谷公園。
③ 東京駅のレンガの秘密と19000本の杭を打ち込んだ高架工事。

東京駅(丸の内・皇居・桜田門)周辺の歴史観光案内……ブラタモリ2015.1.3sp

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ブラタモリ東京丸の内【1】日比谷入り江からの変遷

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✔ 「丸の内」は文字通り江戸城(皇居)の内部を指します。現在では大手企業が密集する日本一のビジネス街です。

東京駅 海

出典:東京地質調査業協会(PDF)

✔ 徳川家康が江戸に入城した頃の江戸は、東には浅い海(日比谷入り江)、背後には原野や山林が広がる狭小な土地でした。幕府は、神田山を崩した土砂で日比谷入り江を徐々に埋め立て大名屋敷を建てました。江戸時代の古地図(goo地図へのリンク)に「大名小路」という通りが見られます。

✔ 現在の地図に重ねると、「大名小路」はおおよそ地図のからまでとなります。地図の●で囲んだ付近は、江戸時代「松平相模守屋敷」があった場所です(帝国劇場付近)。かなり大きな区画だったため、そのまま4等分してビルが建てられ、現在に名残を残しています。

✔ 明治維新後、大名屋敷は政府に接収され省庁や陸軍の施設が建てられました。その後、しばらくたつと移転し三菱二代目である岩崎弥之助に払い下げられました。そのため現在でも、丸の内には三菱系の企業が目立ちます。

✔ 江戸時代初中期に江戸の大火があり、幕府は焼失した「江戸浅草御坊」を築地(古地図の新橋東の海だった場所)に移転させました。一方、検察庁、東京高裁、各省庁、国会議事堂は徳川入城前から台地であったエリアに多く立地しています。官公庁が立地する場所は地盤が強く大地震に強いと言えるかもしれません。

関連記事 最後の年 築地の歴史観光がおすすめ~ブラタモリ2015.1.3sp~

三菱一号館

地図 三菱一号館

✔ 1894年(明治27年)に建てられた三菱一号館は日本初のオフィスビルです。現在は、オフィスの一部が復元され、美術館やカフェを併設しています。今は丸の内に本社を構えるのがステータスですが、江戸期はここに大名屋敷を構えることがステータスでした。土地の役どころは変わっていません。

ブラタモリ東京丸の内【2】日比谷入り江と桜田門外の変

●赤色 日比谷公園 ●青色 桜田門 ●黄色 井伊掃部頭(井伊直弼)屋敷があった場所

✔ 皇居の南側(東京駅の南西)に位置する日比谷公園付近も江戸時代には大名屋敷がありました。日比谷公園内は高低差が多く、数カ所の小さな池があります。なぜでしょうか?

✔ 日比谷公園の池は氷河期に東西の方向に流れていた川の名残となります。なお、日比谷濠(ぼり)など皇居のお堀は徳川が江戸入城後に掘ったものです。

✔ 「桜田門外の変」で知られる桜田門や、雪のなか殺害された井伊直弼氏の邸宅も日比谷公園付近にあります。

出典:ウィキペディア

✔ 「桜田門外の変」は幕末に強力に米国との通商条約の締結などの近代化を進めた大老・井伊直弼(彦根藩)が暗殺された事件です(1860年3月)。桜田門から500mほどの井伊掃部頭屋敷へ向かう途中のほんの一瞬の出来事でした(3分から10分程度の出来事)。

✔ 襲撃したのは水戸藩を脱藩した浪士を中心とした18名。井伊直弼側は約60名(ただし武士は26名程度とほぼ互角)。襲撃側で最終的に逃げのびたのはわずか2名(ほかは戦死、自害、処刑)。井伊直弼側の生き残りも主君を討ち取られたかどで7名が処刑されました。

※彦根と水戸のぎくしゃくした関係は長く引きずられましたが、1968年に両氏で親善都市提携が結ばれました。

✔ タモリさんは桜田門外の変の浪士は、日比谷公園付近へ下って逃走したのではないかと推測します。「それは関係ないのでは?」との疑問が上がりましたが、傷を負った人は体力的に下って逃げるのではないかと答えました。

ブラタモリ東京丸の内【3】東京駅駅舎

キャプチャ

出典:東京駅を見よう(PDF)

✔ 東京駅駅舎のレンガは独自のものです。手触りはまるでタイルのようであり、目地は盛り上がった覆輪(ふくりん)目地です。覆輪目地は高度な技術が必要で、建物を遠目に見た際の重厚感に影響します。影ができ、時間帯、天候、季節によって表情を変えてゆくのです。

※service-news.tokyoは現地取材を中心としていますが、この記事にはキュレーションの手法を用いています。ご容赦ください。地名等の誤りがあればご指摘ください。

※ブラタモリ関連の記事は、フェイスブックで更新告知を行っています。 ➡ブラタモリとヨルタモリ

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専門家によると東日本でぜひ訪れたいレンガの建築物は1位「富岡製糸場」、2位「東京駅」、3位「横浜赤レンガ倉庫」とのこと。富岡製糸場は大半がフランス式ですが、東京駅はドイツ式と小口積みを併用しています(詳細はリンク先記事内)。

※東京駅は改築の際に変更があったかもしれません。

 

出典:線増する大動脈

✔ 鉄道敷設当初は、地上にレールを敷き踏切を設置するのが一般的でした。しかし東京駅付近は、将来の人口増を見越し高架を導入しています。このレンガは強度を優先した一般的な工法によります。

✔ 東京駅付近は、もともと海に挟まれた半島部だった場所です。そのため地盤は強くなくレンガや蒸気機関車の重量に耐えられるように、最長17mの松の杭を強固な地盤まで打ち込んであります。

✔ 750本のレールを重しとした耐荷重テストのあと、人力で1日1~2本ずつ計19000本の打ち込みを施してあります。

※上述「三菱1号館」も松の杭で工事されています。

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