ブラタモリ全放送回まとめ

【ブラタモリ・パリ編】全ルートを写真で紹介!~再放送と地形・穴場観光地~ #126-127

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NHK番組のブラタモリ・パリ編で、パリの地形・歴史を踏まえた、穴場観光地を含むルートが紹介されました。この記事では、ブラタモリ・パリ編の全ルートを、写真やアクセスなどの情報とともに紹介します。再放送予定も掲載。


再放送、見逃し配信:【ブラタモリ見逃した?】再放送予定と時間帯、無料配信もあります

再放送は、翌火曜日の23時55分から(休止の場合あり)。再放送でなくすぐに見たい場合や、スマホから見たい場合は上のリンクをご利用ください。

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【パリ編前編】 エッフェル塔

ブラタモリは、パリの市街からスタートし、パリ万博のときに建てられたエッフェル塔を訪ねます。

ブラタモリは、エッフェル塔を望む高台に移動します(トロカデロ庭園内)。エッフェル塔との間にはセーヌ川が流れています。高台は、河岸段丘です。

パリは、エッフェル塔、凱旋門、オペラ座、美しい町並みのほか、スイーツ、グルメ、アートの発信地として、年間に2360万人もの観光客が訪ねています。セーヌ川沿いに220万人が暮らします。ブラタモリ・パリ編のテーマは、なぜパリは“華の都”になった?です。

ノートルダム大聖堂:ブラタモリ・パリ

ブラタモリは、セーヌ川の中洲・シテ島を訪ねます。シテは、シティの語源です。紀元前3世紀から人が暮らし始めた場所です。タモリさんは、ノートルダム大聖堂を訪ねます。西暦14世紀中頃に完成した、世界遺産です。

ここがパリの中心だそうですが、どういうことでしょうか? 地面には、ポイント・ゼロ(ポワン・ゼロ・デ・ルート・ド・フランス)のマークがあります。18世紀に定められたフランスの道路の起点を示します。2000年に渡り、パリはこの場所を中心に発展してきましたが、困ったことも起きました。

ブラタモリは、シテ島の南、セーヌ川の対岸に向かいます。パリで1番細い道(地図)が、パリが困ったことを示しているとはどういうことでしょうか?

細い道には、中央に溝の痕跡があります。パリの建物には、トイレがなかったため、建物の窓などから、この溝に排泄物を捨てていました。排泄物を捨てる場合には、窓から大声で合図をしていましたが、町は不衛生になり、コレラが蔓延しました。どのように解決したのでしょうか?

19世紀中頃に、国の威信をかけた、オスマン(セーヌ県知事 )によるパリ大改造が行われたのです。


パリの段差:ブラタモリ・パリ

ブラタモリは、パンテオン付近のサンミッシェル通りに不思議な段差を見つけます(地図は下、日本食レストランItadakiが目印)。

坂道だった土地を削って平らにした跡です。密集した住居を壊し、地面を掘って太い道を作り、地下に下水道を作ったのです。広い歩道も作られました。さらに道路の両側には、同じデザインの街並みが作られ、統一感のある街並みが完成しました。

ブラタモリは、サンミッシェル通りの不思議な段差から、カフェLe Soufflotへ移動します。

こうして計画的に作られた広い歩道には、オープンカフェが立ち並びました。パリらしい光景です。ブラタモリは、番組としては珍しく、オープンカフェを訪問します。


十字路:ブラタモリ・パリ

ブラタモリは、シテ島の北側のコンシェルジュリーを訪ねます。マリーアントワネットが最後に幽閉されていた建物です。

ブラタモリは、背後にコンシェルジュリーを見ながら、マリーアントワネットが刑場に連れて行かれる時に通った、シャンジュ橋を渡ります。

ブラタモリは、シテ島の北の交差点を訪ねます(を渡りセバストポール通りを北へ4分、リヴォリ通りとの交差点)。パリ大改造で整備された、最も重要な場所の1つです。

2000年発展を続け、建物が密集していたパリでは、鉄道の駅がやむを得ず町の周縁部に作られています。駅と町の中心を結びつけるのが、この交差点を中心とした十字路です。

パリ東駅からこの交差点をめざす人は、コンシェルジュリーの向かいにある裁判所のドームが目標となります。

裁判所を見ると、中心にあるべきドームが右に寄っています。パリ・東駅から、裁判所のドームが見え、目印になるように改造されたのです。このような、主要な道の先にある目立つモニュメントは、パリの街のシンボルとなりました。


アーケード型の商店街

ブラタモリは、アーケード型の商店街を訪ねます。ケーキやマカロンが並んでいます。

  • アクセス:モンマルトル通りからHôtel Chopin(ホテルショパン、地図)をめざす。

謎の地下都市:ブラタモリ・パリ

ブラタモリは、ホテルショパンの地下へ案内されます。巨大な地下構造があり、倉庫や、ケーキを作る厨房があります。地下構造の通路の中央には、細い路地で見かけた溝に似たものがあります。どういうことでしょうか?

ここが地上であった可能性があるということです。馬をつなぐための、金具が残っています。経緯は分かっていませんが、かつてこの高さで人が暮らし、上に現在の街が作られたようです。

タモリさんは、厨房で働く日本人スタッフから、マカロンをプレゼントされます。

再放送、見逃し配信

【ブラタモリ見逃した?】再放送予定と時間帯、無料配信もあります

再放送は、翌火曜日の23時55分から(休止の場合あり)。再放送でなくすぐに見たい場合や、スマホから見たい場合は上のリンクをご利用ください。


【パリ編後編(パリの美)】コンコルド広場

ブラタモリは、コンコルド広場からスタート。フランス革命で、ルイ14世、マリーアントワネットら1300人が処刑された場所です。左手には、19世紀にエジプトから贈られ、運んできたオベリスク(高さ23m、220トン)が見えます。

シャンゼリゼ通り、凱旋門も見えます。テーマは、前編と同じなぜパリは華の都(=多くの人で賑わう美しい都市)になった?です。


セーヌ川沿いにルーブル美術館へ:ブラタモリ・パリ

ブラタモリは、コンコルド広場を出て、オープンバスでセーヌ川沿いを東へ向かいます。車窓には、もともと駅だった建物を利用したオルセー美術館が見えます。万博に際して建てられました。ルノワール、モネなど印象派を飾ります。

ルーブル美術館が見えます。ミロのヴィーナスやモナ・リザが飾られます。芸術が育んだ町並みも、華の都の特徴です。


オペラ座周辺の街:ブラタモリ・パリ

ルーブル美術館の建物を見学したブラタモリは、オペラ座へ向かうオペラ大通りの町並みに注目します。整然と整った建物は、高さが同じ。黒い鉄格子のバルコニーも同じ高さに合わせてあります。数万の建物が規制の影響を受けています。

屋根の角度、建物の色、石材にまで規制があります。パリの建物に使用されている石材は、ほとんどが同じ種類なのです! ノートルダム大聖堂、凱旋門、ルーブル美術館にも同じ石材が使わています。どのような石材が使用されているのでしょうか?

タモリさんは、遠目に見て砂岩、堆積岩を候補に挙げます。オペラ座で石を間近に見てみます。

タモリさんは、オペラ座の支柱の石を触って確かめます。塗装のため分かりにくいですが、砂岩と推測します。オペラ座の横に回ると、小さな穴が無数に空いていることが分かります。

ブラタモリは、石材の種類が分かるという、セーヌ川を超えて南に3.5キロの場所(コシャン病院)に向かいます。

コシャン病院の地下(一般非公開)に入れてもらうと、地層が露出しています。やはり、無数の小さな穴が開いていますので、砂岩ではなさそうです。タモリさんは、貝の化石を見つけます。もともとは海の底だった可能性があります。

地層は石灰岩だったのです。この場所は、元はキャプサン採掘場(17世紀まで使用)。4500年前、パリは海の底にありました。貝の死骸などに泥や粘土が積もり、貝の死骸が変化したのが石灰岩です。その後、海面が下がり、パリの街が誕生しました。パリの町並みのおおもとは、海の底の石灰岩だったのです。

採掘場の奥へ進みます。パリの地下には、総延長300キロに渡るクモの巣のように採掘場が存在しました。

パリの石灰岩

画像:AFPニュースより

ブラタモリ秩父・ルートまとめ #79より

パリの石灰岩は小さな穴が多く、日本の秩父の石灰岩と大きく異なります。タモリさんが触ってみると、堅さが柔らかく、叩くと高い音がします。パリの粗い石灰岩は、採掘や加工が容易だったのです。

  • 秩父の石灰岩 … プレートの沈み込みによって、強い荷重を受けた。おもちのようなイメージ。
  • パリの石灰岩 … 泥や粘土が上に乗っただけで、荷重は弱め。おにぎりのようなイメージ。

華の都、パリの美は、この石灰岩なしには成り立ちませんでした。秘密は地下にあったのです。


モンマルトルの丘:ブラタモリ・パリ

ブラタモリは、モンマルトルの丘に移動します。モンマルトルの丘は、ゴッホ、ピカソ、ルノワール、ロートレック、マティス、ユリトロ、ドガ、モディリアーニら、有数の芸術家が集った場所です。美しい町並みは、観光客にも人気があります。

モンマルトルの丘のふもとの繁華街

しかし、町を歩くと、芸術の都にはふさわしくないような派手な看板が目立ち始めます。

その先にムーラン・ルージュがあります。赤い風車で知られる、歴史あるキャバレーです。

芸術家たちがモンマルトルの丘に集ったのは、丘のふもとにあるこの繁華街が理由の1つです。かつてのパリ市の範囲から外れており、税金の関係で安酒が飲めたのです。

モンマルトルの丘は、パリで1番高い場所

モンマルトルの丘は、パリで1番高い丘です(標高130m)。パリを一望することができます。周辺には、絵を販売するお店を含む、モンマルトルの丘らしい風景があります。エイスワンダーの『モンマルトルの森』のミュージックビデオに、その一端が登場します。

『モンマルトルの森』

歓楽街の自由奔放な雰囲気や、モンマルトルの丘の美しい風景が影響を与え、芸術が発展したのです。タモリさんは、かつての新宿にも自由奔放な繁華街に、夢を追う若者が集まる雰囲気があったと回顧します。

モンマルトルの丘の北側

ブラタモリは、モンマルトルの丘の北側に向かいます。落ち着いた街並みに、坂道が目立ちます。1つだけブドウ畑があります(地図)。かつては繁華街に欠かせないブドウ畑が広がっていた場所です。繁華街のワインは、地産地消だったのです!

モンマルトルの丘の東、ビュット・ショーモン公園

ブラタモリは、モンマルトルの丘の東、ビュット・ショーモン公園に向かいます。パリの歴史的建造物や公園などによく見られる、ブロンズ像に関係がある場所です。

ビュット・ショーモン公園では、石膏(せっこう)が産出されます。海水などに含まれる、硫酸カルシウムが固まってできたものです。石膏は、ブロンズ像の型取りに使われます。世界でも石膏が大量に採れる場所は少なく、パリの石膏は質が良く海外にも輸出されました。

また、ロダンの『考える人』をはじめ、パリの彫刻の型は海外に送られ、パリの美は世界に知られました。パリで産出した石膏は、パリの美に大きく貢献してきました。

凱旋門:ブラタモリ・パリ

ブラタモリは、凱旋門を訪ねます。

凱旋門の上から、整然としたなかに活気と美を含む、華の都パリがどのように作られたかを振り返りました。

関連:【ブラタモリ秩父】タモリ推奨の秩父の歴史・地形・観光ルートまとめ #79

ブラタモリ 前回/海外第1弾

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