
NHK番組のブラタモリ武蔵小杉編で、武蔵小杉の地形・歴史を踏まえた、穴場観光地を含むルートが紹介されました。このページでは、ブラタモリ武蔵小杉編の全ルートを、写真やアクセスなどの情報とともに紹介します。
😎鎌倉2024年版 (#260・261)幻の御所と2つの寺院 | 😎鎌倉2015年版 (#5,#6)鎌倉の地形を探る | 横浜港・川崎 (#203)東京湾はどう発展? |
葉山 (#143)御用邸と幻の鉄道計画 | 😎武蔵小杉 (#125)なぜ発達?古い武蔵小杉 | 😎湘南 (#115)江戸時代の湘南は大磯! |
箱根 (#71,#72,#114)七湯のしおりが箱根の原点 | 😎横須賀 (#42)なぜ横須賀は要港すか? | 😎横浜 (#38)中心は神奈川駅だった |
😎小田原 (#28)難攻不落・小田原城の守り |
武蔵小杉駅|ブラタモリ武蔵小杉

ブラタモリは、東急線・JR線の武蔵小杉駅(神奈川県川崎市)の正面口からスタートします。
武蔵小杉駅は、 東急東横線、目黒線、JR南武線、横須賀線、湘南新宿ラインが乗り入れる人気駅です。

東京、品川、新宿、渋谷、横浜へのアクセスが良く、駅前に11ものタワーマンションが建ちました。
住みたい町の上位の常連となり、4000〜5000万円だった分譲価格(2008年頃)が、現在7000〜8000万円に高騰しました。タワーマンションを中心に人口は1万5千人!
マツコが「泊まりたい」と2度発言した宿(露天風呂がお目当て)
なぜ、このような便利なエリアに、広大な土地が空いていたのでしょうか? ブラタモリのテーマは、武蔵小杉発展の秘密とは?
タワーマンションを内覧

ブラタモリは、11のタワーマンションの1つ(リエトコート武蔵小杉イーストタワー)を内覧します。

リエトコート武蔵小杉イーストタワーの北向きの部屋は、ベランダからは、多摩川の向こうに東京を一望します。とくに夜景に人気があります。
また、足元を見ると、鉄道が複数走っています。東急東横線、目黒線、JR南武線、横須賀線、湘南新宿ラインの5路線が利用でき、渋谷、品川、横浜なら、10分前後で行くことができます。30階の2LDKは、6800万円です!
かつての武蔵小杉:ブラタモリ武蔵小杉

武蔵小杉駅周辺は、かつては工場が立ち並んでいました(地図左)。不二サッシ、日本電子など、海沿いの湿気を嫌う精密機械を中心とした工場が並んでいました。
バブル期以降、工場が撤退した跡地にタワーマンションが建ったのです。

武蔵小杉駅周辺は、工場が立つ前の約80年前は、一面の田んぼでした。多摩川と徳川家康にヒントがあり、番組の後半で扱われます。
旧武蔵小杉駅

80年前、武蔵小杉駅は、いまの場所の西側にありました。ブラタモリは、かつての武蔵小杉駅付近(ながたストアが目安。東にある新丸子駅から徒歩9分)を訪ねます。

ブラタモリは、道路に沿って旧武蔵小杉駅の北側を訪ねます。
全ての車が旧武蔵小杉駅方面へ向かわず右折する、不思議な場所(西明寺信号)があります。なぜなのでしょうか?

ブラタモリは、車が曲がった先を訪ねます。小杉駅と供養塔の名前の石碑があります。
- アクセス 旧武蔵小杉駅の場所から数分。または、武蔵小杉駅からバスで、西明寺前停で下車。

石碑の足元には、右に江戸、左に中原と書かれています。
ここは、虎ノ門と中原・平塚を結ぶ、中原街道だったのです。中原街道は、福山雅治『桜坂』の舞台があり、かつては東海道のバイパス的存在でした。
マツコが「泊まりたい」と2度発言した宿(露天風呂がお目当て)
江戸時代の武蔵小杉

ブラタモリは、中原街道を江戸方面に戻ります。西明寺信号の北側に、クランクがありました。
(注)石碑から歩くと、写真のようになりますが、写真左手のお寺を背に見ると、クランクが正確に分かります。なお、この近くに小杉御殿の御主殿跡があります(番組では省略)。
なぜ、土地が余っていたはずの江戸時代に、街道にクランクがあったのでしょうか? 付近には、陣屋、御殿町の地名があります。

武蔵小杉には、江戸時代のはじめ、将軍家も利用する御殿があったのです。鷹狩にも使用され、170m×100mもの敷地を占めていました。

御殿の側からクランクを見ます。
江戸時代から昭和まで、武蔵小杉の中心は、御殿付近にありました。結果的に、現在の武蔵小杉駅は、町外れとなり、田んぼ、工場などに使われたため、現在の発展に結びついたのです。

クランクの付近にある西明寺は、ブラタモリでは訪ねませんでしたが、通りかかったときにタモリさんが、門の屋根の形の面白さに言及しています。

御殿を守るもう1つの工夫
ブラタモリは、江戸から見て御殿跡の先に当たる場所を訪ねます。

わずかな下り坂です。

川崎フロンターレの本拠地付近に、土地が低く落ち込んでいる場所があります。なぜなのでしょうか?
土地が低い場所には、かつて玉川が流れており、自然堤防も生まれていました。御殿の防御に好都合だったのです。
東京と同じ地名があるのはなぜ?

周辺の地名は、等々力です。野下、瀬田と同様、東京都側にも同じ地名があります。なぜなのでしょうか?
これは、多摩川の流れが変わったことで、神奈川側に取り残された地域があったからなのです。
- 武蔵小杉駅へのアクセス 写真の看板を背にして道なりに進み、坂下の信号を右に行くとバス停・小杉十字路があります。
かつての小川の流れをたどる

ブラタモリは、番組冒頭で内覧したタワーマンション(リエトコート武蔵小杉イーストタワー)の近くに曲がりくねった路地を見つけます(地図はこちら)。

かつて小川だった場所です。これは、徳川家康が多摩川の周辺に張り巡らせた、水路の名残です。
水路の完成後、多摩川周辺に田んぼができ、江戸へ食糧を供給することができました。最新のタワーマンションの足元に、江戸時代の面影が残っているのです。
ブラタモリは、かつての小川の痕跡である路地をたどります。住宅がありますが、入口が見つかりません。大回りして反対側に行くと入口があり、住んでいる方に話を聞くことができました。


(見学時に私有地への立ち入りをされないようにご注意ください)。
ブラタモリは、東京都側から武蔵小杉の風景を眺めます。徳川家康も想像しなかった光景のはずです。
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ブラタモリ書籍一覧
😎過去回ロケ地 完全収録

- 新ブラタモリ 伊勢神宮への旅
- 特番 東海道五十七次(京街道)
- 最終回 指宿
- 3/2 正倉院
- 2/3 鎌倉
- 1/13 黒部峡谷
- (これ以前は下のボタンから)
コメントをどうぞ(情報ご提供、旅行相談など)
訂正いたしました。ご連絡ありがとうございます。
>田園調布、目黒は、武蔵小杉と同じ東急田園都市線沿線です。
誤っています。正しくは東急東横線沿線です。