【ブラタモリ鎌倉編・全ロケ地】源頼朝「幻の鎌倉」から北条氏ゆかりのお寺まで#260・261

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2024年放映のブラタモリ鎌倉編で、タモリさんが、源頼朝や北条氏に焦点をあて鎌倉の隠れ名所を紹介します。このページでは、ブラタモリ鎌倉編(2024年版)の内容、ロケ地、マップ、アクセスを分かりやすくご紹介します。

鎌倉の地形を扱った過去回 →ブラタモリ鎌倉2015年版・全ロケ地

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神奈川でブラタモリ内容
鎌倉2024年版(#260・261)
😎現地取材 鎌倉2015年版(#5,#6)鶴岡八幡宮と山側の町づくり。材木座と海側の町づくり。後編は鎌倉の外へ。江の島との意外な関係が?
横浜港・川崎(#203)タモリさんが、横浜港・川崎が東京湾をどう進化させたのかを探ります。
葉山(#143)
😎現地取材 武蔵小杉(#125)武蔵小杉になぜ広大な土地が? タモリさんは古い武蔵小杉を訪ねます。
😎現地取材 湘南(#115)江戸時代に湘南と呼ばれていた大磯を訪ね、現在の湘南エリアまで歴史を探ります。
箱根(#71,#72,#114)箱根温泉を知る七湯のしおりとは? 箱根、芦ノ湖の成り立ちも探ります。
😎現地取材 横須賀(#42)ブラタモリは、軍施設の見える横須賀駅前の公園から。なぜ横須賀は要港すか?
😎現地取材 横浜(#38)かつての横浜の中心は、神奈川駅。ブラタモリは空中にある三宝寺を訪ねます。
😎現地取材 小田原(#28)上杉謙信、武田信玄らの攻めを避け難攻不落と恐れられた小田原城の守りとは?

【前編】鶴岡八幡宮からスタート|ブラタモリ鎌倉2024年放映版

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2015年放送の鎌倉編以来のブラタモリ鎌倉編は、今回も鎌倉のシンボル・鶴岡八幡宮からスタートします。時間は早朝。タモリさんも、8年ぶりの鎌倉です。

鎌倉の地形を扱った過去回 →ブラタモリ鎌倉2015年版・全ロケ地

鶴岡八幡宮は、鎌倉を代表する神社で、ほとんどの旅行客が訪ねます。源氏の守り神として11世紀後半に創建。鎌倉武士の守護神として約800年の歴史を持ちます。

鶴岡八幡宮は、鎌倉駅から徒歩10分程度。写真奥に見える若宮大路が駅周辺を経て海へと続きますが、右手にある小町通りを通る観光客も目立ちます。

ブラタモリ鎌倉編(2024年)のテーマは、「鎌倉〜頼朝は武士の都・鎌倉をどうつくった?〜」です。鎌倉を武士の町として整備したのも源頼朝。豊臣や家康の町づくりが有名ですが、さらに先駆者です。

【ブラタモリ三英傑(信長・秀吉・家康)】ロケ地|岐阜・大阪・名古屋の町割り#sp

家康も愛読した歴史書・吾妻鏡を手がかりに鎌倉をブラブラ

鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』には、鎌倉の地形が「かまど」のような形をしていると書かれています。南の海側以外は山に囲まれた、自然の要害です。鶴岡八幡宮は、かまどの北の端、一番目立つ場所に置かれました。

しかし、人や物資の行き来には不便であったため、山の稜線を切り開いて道を作りました。これを切通と呼び全部で7つの口があります。その1つが、現在の鶴岡八幡宮の北、建長寺近くにある亀ケ谷坂切通です。

『吾妻鏡』は日記調の歴史書で、徳川家康も愛読。江戸時代の武士の愛読書だったと考えられます。

1180年10月、相模の国に到着したと書かれています。主語がない場合、源頼朝を指します。10月12日には、鶴丘宮を現在地に「移した」と書かれています。「移した」とは、もともと鶴岡八幡宮は、どこにあったのでしょうか?

吾妻鏡に見る頼朝の鎌倉入り

源頼朝の軍勢は鎌倉入り(治承4年10月7日)すると、まず元の鶴岡八幡宮を参拝し、次いで亀ケ谷の旧跡(父義明の館があった場所、現在の寿福寺)を訪ねます。 この地に屋敷を建立しようとしたと伝わります。

治承四年十月小七日丙戌。先ず鶴岡八幡宮を遙拜し奉り給ふ。次で故左典厩之龜谷の御舊跡を監臨し給ふ。

住宅街の神社がヒント!頼朝が鎌倉に都を置いた理由

住宅地を空いたタモリさんは、道路のすみに石碑を発見。

住宅地の中の神社は、元の鶴岡八幡宮です。

源義家公旗立の松の文字を発見します(写真右奥)。鎌倉は、頼朝にとって、先祖が住んでいた土地だったのです。頼朝は鎌倉入りの直後に、鶴岡八幡宮を鎌倉を見通す目立つ現在の場所に移しました。

『吾妻鏡』には、1182年由比の浦まで参詣の道を作ったとあります。現在鶴岡八幡宮へ至る、若宮大路です。

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若宮大路の一段高い道がもつ驚きの役割とは

二の鳥居

若宮大路は、もとは30m以上の幅がありました。1段高くなり、段葛と呼ばれます。

段葛を歩きながら左右を見ると、少し上り坂となっています。若宮大路は、谷筋だったのです。

もとは水が流れる湿地だったと考えられ、高い段葛は、歩きやすくする工夫でした。『吾妻鏡』には、頼朝が段葛づくりの指揮を執った記録が残っています。

湿地帯には、排水の問題もありました。安達氏という武士の屋敷の絵図を見ると、大きな側溝が見られます。若宮大路にも、幅3m・深さ1m規模の側溝が、両側にあったことが分かっています。

しかし、側溝が作られたのは、鶴岡八幡宮から、上の写真の二の鳥居まで。二の鳥居の先を確認すると川が若宮大路を横切っています。若宮大路を離れ、暗渠部分も含めて川筋を追うと、谷戸の奥から流れ始め、若宮大路に下っていることが分かります。

二の鳥居から先(海側)は、自然の川を上手に活用していたのです。

タモリさんの推理的中!頼朝の幕府が置かれた場所

『吾妻鏡』には、1180年、大蔵という文字があります。1180年、源頼朝は武士311人を引き連れ、将軍御所を創建します。

ブラタモリは、かつての川の流れを確認しつつ、近年の発掘資料をもとに川沿いに将軍御所の門があったと推定します。実際に、電柱には西御門の地名がありました。

ブラタモリは学校の敷地を時計回りに歩きます。すると源頼朝の墓があり、北の端と分かります。

さらに学校の敷地に沿って歩くと、やはり川があり、東御門川と呼ばれます。堀だった可能性があります。

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頼朝の都市計画の総仕上げ!謎の巨大寺院とは

史跡永福寺跡は、鎌倉駅の北東約1.8kmにある、源頼朝が建立した寺院の跡です。

池は極楽浄土を再現するために、欠かせないものです。

頼朝の奥州攻めで亡くなった武将たちの鎮魂のため、平泉の中尊寺二階大堂等を模して建立され、建久5年(1194年)に二階堂・薬師堂・阿弥陀堂の三堂が完成しました。

鎌倉幕府から手厚い保護を受けましたが、応永12年(1405年)に焼失しました。(鎌倉市公式サイト

頼朝が歩いた土地は、少し地下に埋められています。

『吾妻鏡』には、頼朝が細かく指示を出した記録が残っています。

鎌倉の地形を扱った過去回 →ブラタモリ鎌倉2015年版・全ロケ地

【後編】僧侶の靴から石敷きの床まで!建長寺は中国のお寺の完コピ?|ブラタモリ鎌倉2024年放映版

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ブラタモリ後編は、「鎌倉の寺~北条氏の寺でわかる!鎌倉幕府の偉業とは~」がテーマです。

建長寺には年間50万人が訪ねます。鎌倉を代表する禅宗寺院。鶴岡八幡宮から徒歩圏です。

建長寺は、その壮大な規模に驚きます。建長5年(1253年)に建てられています。

この年には頼朝は亡くなっており、執権の北条氏が建てた寺院です。北条氏は、源氏が3代で絶えたあと、鎌倉幕府を引き継いでいます。執権北条氏は16代に渡って続きます。建長寺でも北条氏の家紋(三つ鱗紋)が見られます。

タモリさんが訪ねた日には、ちょうど北条時頼の供養があり、鐘が突かれました。

引用 ギャラリー北鎌倉物語

法要の際の靴にタモリさんは注目。僧の履く靴は、中国流のもの。服のひだを大きく表現した仏像の作り方も、当時中国の最先端のもの。靴を脱がない一足制や椅子も、中国から入ってきたものです。椅子という言葉は、中国から当時持ち込まれたと言われています。

建長寺は、当時の中国の最先端のお寺を「完全コピー」したような存在だったのです。

食事は中華料理ではなく、精進料理のけんちん汁。建長寺の名前が由来で、初代住職の蘭渓道隆が、中国から油でいためる調理法を輸入しました。

タモリさんは境内でけんちん汁を食べましたが、お寺の門のそば(敷地内の一角)に提供するお店・点心庵があります。

レシピは、建長寺から指導を受けています。

建長寺のいちばん奥にある庭園は、初代住職の蘭渓道隆によって、日本で初めて作られた禅の庭を継承したものです。禅の庭とは、僧侶がつかんだ悟りの境地を形にしたものです。

中国の寺では、庭は伽藍の前に作ることが多かったのですが、建長寺は後ろに作りました。鎌倉の谷戸と呼ばれる谷が入り組んだ地形を生かしたのです。中国の手法を踏襲しつつ、鎌倉の地形を生かした手法です。

京都を代表する天龍寺の庭園は、夢窓疎石という禅僧が作りました。

夢窓疎石は、鎌倉で修業。鎌倉の地形・谷戸を生かした背後の山の借景は、京都に持ち込まれたのです。京都の禅の庭のルーツは鎌倉にあったとも言えます。

極楽寺には関西の有名寺社が集結!?いったいなぜ?

ブラタモリは、江ノ電の極楽寺駅を訪ねます。

極楽寺は、全盛期には、金堂、講堂、十三重塔などの伽藍のほかに、49の塔頭を備えた大寺院でしたが、合戦や火災、地震等により、今では山門と本堂を残すのみとなっています。

本堂に参拝します。

ブラタモリは、本堂の奥の鉄扉(通常は閉鎖)から1度外に出て、奥の院を訪ねます。

引用 鎌倉手帳

奥の院には、極楽寺を開創した忍性が眠る墓があります。五輪塔と呼ばれるお墓で、奈良から連れてきた石工集団に作らせたものです。(極楽寺の奥の院・忍性墓は、年に1回の公開日を除き、非公開で立ち入ることができません)

極楽寺は、かつては非常に大きな規模であり、現在その中心部は、学校などになっています。

引用 鎌倉手帳

絵図を分析すると、金堂を3つ並べたのは興福寺式。護摩堂・御影堂は密教の特徴であり東寺の特徴(ブラタモリ東寺)。五重塔は室生寺。さらに、熊野三山(熊野本宮[東側]、熊野新宮[東側]、熊野那智[西側])を模して合わせたような、巨大な規模があったことが推定されます。(上智大特任教授 西岡芳文さんの最新の説による)

鎌倉時代には元寇という、非常に大きな危機があり、西日本がモンゴル帝国の支配下になることも危惧されました。それにそなえ、興福寺、東寺、室生寺、熊野三山の写しを作ろうとしたとブラタモリでは推定しました(上智大特任教授 西岡芳文さんの最新の説による)。

少し離れた鎌倉大仏も、東大寺の大仏の写しと推定されます(ブラタモリ鎌倉2015で訪問)。

極楽寺のすぐそばには、極楽寺切通があり、長谷寺や大仏へつながります。ブラタモリ鎌倉2015後編でタモリさんが歩いたルートです。

【金沢文庫】国宝2万点!北条氏の京都へのリスペクトが生んだ超貴重な金沢文庫とは

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ブラタモリは、鎌倉時代から使われている、金沢八景駅近くの港を見学します。「金沢北条氏」は、港の管理や、朝廷との交渉を任されました。

※金沢流北条氏とも呼びます

ブラタモリは、称名寺(横浜市金沢区)に移動します。金沢文庫駅から、徒歩約15分の道のりです。訪ねる人は、意外に多くいます。

金沢北条氏が建てたのが称名寺です。三方を山に囲まれた立地で、かなりの敷地(東京ドーム1個半弱)を占めています。

ブラタモリではあまり紹介されませんでしたが、見事な庭園があり、まるで京都の寺院ような雰囲気です。

金沢文庫駅がそれなりに栄えているため、徒歩わずか15分で、ガラリと変わる雰囲気に驚きます。

称名寺の片隅には古くから利用されてきたトンネルがあり、現在は安全上通行できません。

中世の隧道と書かれています。

すぐそばに、新しいトンネルがあり、出口側には「金澤文庫」があります。

鎌倉時代に金沢北条氏が作った私設図書館であり、現在は県が管理しています。

『文選集注』は、平安時代から残る国宝。貴族が愛用した教養書(名言集のようなもの)。中国の書物を平安時代に写本したもの。現在は、中国でも日本でも、ここにしか残らない貴重な書物です。

鎌倉時代に金沢北条氏によって書き写された『源氏物語』も現存しています。ところが『源氏物語』は、現在、名古屋市蓬左文庫(尾張徳川家系)が所有しています。金沢文庫の書物は、武将のステータスとなり、北条氏から、足利将軍家、徳川家康、尾張徳川家を渡り歩き、名古屋市に至ったのです。

神奈川でブラタモリ内容
鎌倉2024年版(#260・261)
😎現地取材 鎌倉2015年版(#5,#6)鶴岡八幡宮と山側の町づくり。材木座と海側の町づくり。後編は鎌倉の外へ。江の島との意外な関係が?
横浜港・川崎(#203)タモリさんが、横浜港・川崎が東京湾をどう進化させたのかを探ります。
葉山(#143)
😎現地取材 武蔵小杉(#125)武蔵小杉になぜ広大な土地が? タモリさんは古い武蔵小杉を訪ねます。
😎現地取材 湘南(#115)江戸時代に湘南と呼ばれていた大磯を訪ね、現在の湘南エリアまで歴史を探ります。
箱根(#71,#72,#114)箱根温泉を知る七湯のしおりとは? 箱根、芦ノ湖の成り立ちも探ります。
😎現地取材 横須賀(#42)ブラタモリは、軍施設の見える横須賀駅前の公園から。なぜ横須賀は要港すか?
😎現地取材 横浜(#38)かつての横浜の中心は、神奈川駅。ブラタモリは空中にある三宝寺を訪ねます。
😎現地取材 小田原(#28)上杉謙信、武田信玄らの攻めを避け難攻不落と恐れられた小田原城の守りとは?

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