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【ブラタモリ熊本城】タモリ推奨の熊本城の歴史・地形・観光ルートまとめ #34

2018/02/18

NHK番組のブラタモリ熊本城編で、タモリさん推奨の熊本城の歴史・地形を踏まえた観光ルートが紹介されました。この記事では、ブラタモリ熊本城編のルートを、アクセスなどの情報とともに紹介します。

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加藤清正と熊本城

熊本城

熊本城は、日本三大名城。加藤清正(=肥後熊本藩初代藩主。4月17日の『真田丸』でも秀吉の家臣として登場)が設計し1607年に完成。薩摩の軍勢1万3~4千名による攻撃を50日間耐えきった経歴がある、難攻不落の要塞です。

加藤清正は、勇猛果敢なイメージがありますが、実は神経質で心配性だったという説も有力です。ブラタモリのテーマは「熊本城はやり過ぎ城」

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熊本城は南からの守りが強固?:ブラタモリ熊本城

ブラタモリは、熊本城の南側を訪ねます。熊本城は、城の守りが良くわかる、南方からの見学ルートがおすすめです。

  • アクセス:熊本駅前から市電に乗車し、熊本城・市役所前電停で降り、櫨方門(はぜかたもん)へ向かいます。

熊本城の入口付近には、あらゆる方向に壁がある、クランク(升形=ますがた)の形状です。これはどのような狙いなのでしょうか?

このクランク形状は、三方から弓矢などで敵兵を狙うことを意図した構造です。加藤清正の守りを重んじる、慎重な性格が表れています。

熊本城

熊本城には、天守を守るために、かつては66の櫓(=やぐら)が建てられていました。侵入者は、あらゆる方向から監視される仕組みです。

通路は分岐が多く、敵を追い込むための袋小路も準備されています。石段はわざと間隔がバラバラに調整してありますので、侵入者は足を取られやすくなります。

熊本城に見られる、6連続の曲がり角(升形)は全国の城に例がありません。

熊本城

ブラタモリは、熊本城の石垣を見学します。熊本城の石垣は非常に背が高く、侵入者がよじ登ると徐々に直角に近づく、武者返しと呼ばれています。初めから直角にしないのは、登れそうだと錯覚させて転落を招いたり、時間を取らせたりする狙いです。

闇り御門(くらがりごもん)を入ると、闇り通路があります。熊本城は1610年の改装の際に、2つの石垣をまたいで本丸が建設され、この地下通路が正規の本丸への参道となる、防衛を兼ねた珍しい設計です。

※大天守閣と小天守閣を結ぶ通路には、空中せっちん(お手洗い)があります。空中にある理由は分かっていません。

熊本城の北側には、石垣に石門と呼ばれる小さな入り口が掘られ、全長10メートルのトンネルにつながります。南側から攻められた際の脱出経路です。このほか、戦に備え、120以上の井戸が掘られています。さらに、籠城中の食糧を確保するために銀杏(ぎんなん)の木を多く植え、土塀にはかんぴょう、畳には芋茎(ずいき)が埋め込まれていました。

熊本城は、南側に位置する薩摩の島津氏に対する防衛を重視しているのです。

熊本城の城郭と城下町の守り:ブラタモリ熊本城

ブラタモリは、洗馬橋電停近くの洗馬橋(せんばばし)を訪ねます。洗馬橋には狸の像があります。これは、童謡に登場するものです。

あんた方何処(どこ)さ 肥後さ
肥後何処さ 熊本さ
熊本何処さ せんば
せんば山には 狸がおってさ
それを猟師が 鉄砲(てっぽ)で打ってさ
煮てさ 焼いてさ 食ってさ
それを木の葉で チョッとかぶせ

せんば山は、現在の熊本には存在しません。薩長連合軍が駐屯した、川越の仙波山を指すという説もありますが、それは誤りであり熊本に痕跡が残っています。

ブラタモリは、新町電停の西にある、JR線の高架下付近を訪ねます(花屋花ちょうと細田時計店の間の道を入る)。公園とそれに沿う道が外堀の跡です。掘り起こした土は、すぐそばで土塁に使われていました。高さは3~4mあり木が植えられていたため、せんば山と呼ばれていました。

土塁のあった場所から南西に移動すると、古町に出ます。熊本城下の街並みは、碁盤の目で、見通しが良くなっています。これは防衛に不利な面もありますが、兵が隠れ敵を待ち伏せる、心光寺のような場所が仕掛けられています(新町または呉服町電停下車)。

加藤清正は、あえて熊本城内(二の丸)に豊前街道(熊本~小倉)を通しました。街道からは幅30メートルの空堀(=水を張らない状態の堀)を見ることができ、街道にもクランク(升形)、櫓(やぐら)が配されます。島津氏一行が参勤交代のさいにここを通るため、強固な防衛を見せ攻勢を諦めさせる狙いがあったようです。

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出典:とくとみぶろぐ

タモリさんが東急沿線に住んでいた頃走っていた、東急5000系(愛称はアオガエル)。熊本電気鉄道に、異動して活躍しましていましたが、2016年2月14日に最後の務めを終えました。

熊本人は加藤清正が好きでない?

ブラタモリでは、全熊本人の尊敬を集める人物像として描かれた加藤清正。しかし、少し大げさなのではというご意見を頂きました。実際に熊本人は、本来よそ者であった加藤清正をどう捉えているのでしょうか?

アンケート結果は5分5分でした。ツイッターのユーザーはやや若い人が多いため、年代が若くなると加藤清正の影響力は小さくなるという面もあるかも知れません。

熊本城は難攻不落でない?

ブラタモリでは熊本城を難攻不落と紹介しましたが、次のようなご意見もありました。

案内人は「難攻不落」であり、西南戦争でも防御した、と言ってましたが、前年の「神風連の乱」では、熊本鎮台の砲兵営を簡単に占拠された事には触れないんですね。簡単に落ちたからこそ、桐野利秋が「熊本鎮台なんぞ青竹で一叩きだ」と言わしめたと思います。

(注)神風連の乱はわずか1日で鎮圧された、と記述しているサイトもあります。読み手が熊本寄りなのか薩摩寄りなのかかで、見方が分かれるのかもしれません。

火の国であり水の国でもある熊本

熊本市の東には、阿蘇山があります。熊本県(肥後)は、火の国と呼ばれます。肥前・肥後を合わせて火国=肥国(ひのくに)と呼ばれた時代もあります。

※火の国の名称の由来は、阿蘇山、不知火(=しらぬい。海上に発つ蜃気楼)、火君(=ひのきみ、豪族)など諸説あります。

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阿蘇山は、2015年9月に噴火したばかりの世界最大級のカルデラ(=火山活動で大きく陥没した部分)です。阿蘇山の火砕流堆積物は、西に位置する熊本市周辺まで広く堆積してます。

熊本城の南で見るaso4とは?:ブラタモリ熊本城

ブラタモリは、熊本城の南にある熊本第一高校を訪ねます。高校の北側(正門と逆側)には、ガケ(露頭)があります。これは何を示しているのでしょうか?

タモリさんは、火砕流ですね!と即答。阿蘇山は、過去に4度の巨大噴火を起こしていますが、この露頭は、約9万年前に起きた4回目のAso-4と呼ばれる火砕流です。熊本第一高校や熊本城は、京町台地の際(きわ)に位置していることがわかります。

水前寺成趣園周辺とaso4の関係は?:ブラタモリ熊本城

ブラタモリは、水前寺成趣園を訪ねます。

  • アクセス:熊本城や熊本第一高校の北側を見学したあと、熊本城・市役所前電停から熊本市電で、水前寺公園電停に移動(所要約15分)。

ブラタモリは、水前寺成趣園に入る前に、まずは地図のの地点まで歩き、藻器堀川(しょうけぼりがわ)を見学。住宅密集地ですがとても美しい水が流れており、川岸からの湧水が多数見られます。

水前寺成趣園

出典:水前寺成趣園HP

ブラタモリは、水前寺成趣園に入ります。水前寺成趣園は、細川護熙元首相でおなじみの、肥後細川家初代が、鷹狩のさいにこの地を気に入り、整備したものです。

熊本の市街地にある藻器堀川や水前寺成趣園に、なぜ水が湧くのでしょうか?

熊本城南の熊本第一高校で見たガケ(露頭)に、ヒントがあります。熊本城や水前寺成趣園周辺は、台地の際(きわ、末端)にあります。年間を通じて降水量が多い、阿蘇山一帯に降った雨水が、阿蘇山の4回目の大噴火の火砕流Aso‐4に浸透し地中を水平に流れ、台地のきわで地表に出たものです。熊本には、同様の湧水地は約1000もあります。

健軍水源地はaso4の水ではない?:ブラタモリ熊本城

ブラタモリは、火砕流の地層Aso‐4からの湧水を見学したあと、熊本市上下水道局が管理する、健軍水源地に移動します。

  • アクセス:水前寺公園で、火砕流の地層Aso‐4からの湧水を見学したあと、熊本市電で動植物園前電停に移動します(所要約10分)。

熊本市上下水道局が管理する健軍水源地(地図印が入り口。公開予約制)には、多くの井戸があります。

※健軍の由来は健軍神社。その由来は諸説あり。

健軍水源地

健軍水源地

出典:健軍水源地施設の見学について

井戸はくみ上げ式でなく自噴式です。最大規模の5号井(せい、地図印)は約6万人の生活用水をまかなう水量。水前寺成趣園と場所も近く、地層Aso‐4からの湧水のようにも感じられます。

しかし実際には、Aso‐4よりも大深度の地下にあるAso‐3~1(第2帯水源)から取水しているのです。

熊本 地層

出典:阿蘇地下水財団

阿蘇山に降った雨は、2つに分かれるのです。

  • 地表近くのAso‐4を通って湧水するもの
  • 大深度地下のAso‐3~1を通り、井戸から噴出するもの

健軍水源地の井戸は、大深度地下のAso‐3~1によるものです。自噴する井戸は、全部で113本あります。

水の国熊本 加藤清正の治水①~白川の付けかえ~:ブラタモリ熊本城

  • アクセス:熊本城(熊本城・市役所前電停)からすぐ

ブラタモリは、熊本城付近に戻り、加藤清正の治水の痕跡を探ります。

熊本城の東方から南方へ流れる白川は、蛇行が目立ちますが、熊本城付近では蛇行がゆるやかになります。流れを直線にし、洪水の発生を抑えるためです。熊本城の防衛の工夫で分かるよう、土木治水の神様と呼ばれた加藤清正が、工事を指揮しました。地図の■■■では、かつての白川の跡に沿って、商店街がカーブを描いています(熊本城からすぐ)。

※かつては、熊本城に沿う坪井川が白川に合流していましたが、防衛や城下町の土地を広げる狙いから、両河川は別々に分けられました。

水の国熊本 加藤清正の治水②~渡鹿堰(とろくぜき)~:番組未紹介

  • アクセス:JR東海学園前駅から北東へ徒歩10分

渡鹿堰(とろくぜき)は、土木治水の神様加藤清正が取水のために作った堰(せき)です。番組では未紹介ですが、非常な工夫にあふれています。

「この渡鹿堰は、色々工夫がなされている。白川の激流をなるべく自然の流れに沿うように、左岸に並行堰を儲け、堰の右端には土砂吐きを設け、井手(編集注 井出は農業用水路の意味)口は石井樋で厳重にこしらえ、洪水時には川水が井手筋に流入しないように工夫し、石井樋の上は暗渠になっているという」と『肥後藩農業水利史』に書かれています。

出典:渡鹿堰・大井手取水口(とろくぜき・おおいでしゅすいぐち) 熊本市

水の国熊本 加藤清正の治水③~鼻ぐり井手公園~:ブラタモリ熊本城

  • アクセス:JR原水駅から南へ徒歩30分

ブラタモリは、鼻ぐり井手公園へ移動します。井出は農業用水路、花ぐりは牛の花輪を意味します。12キロにわたる水路のうち400mが、鼻ぐり井出と呼ばれます。

通常の用水路では、火山灰が沈殿し流れが悪くなってしまうことから、わざと流れをさえぎるような立て板を立ててあります(立て板には、トンネルのように穴があけられている)。穴を通れなかった流水が跳ね返され渦をまくため、火山灰の沈殿を防ぐことができます。

出典:楽天市場(クリックできます)

写真の鼻ぐりでいえば、家紋の部分が用水の底の地面に見立てられます。鼻ぐりは多数ありましたが、なぜ存在するのか判然としない役人が壊してしまい、現在(熊本地震前)では24か所しか残っていません。

加藤清正が指揮した、鼻ぐりを駆使した農業用水の効果で、多くの畑が田んぼに転換されました。田んぼは自然のダムと言われるように雨水を多く取り込みますので、水の循環が進み熊本の地下水はさらに潤沢になりました。

※阿蘇山の南側にある「南阿蘇水の生まれる里白水高原」駅は、日本一長い駅名です(番組未紹介)。

熊本地震による熊本城の被害状況【震災直後の情報です】

熊本城の熊本地震による被害状況を、ブラタモリの紹介地順にまとめました。震災直後の情報です。

①クランクの特異な形状が紹介された、馬具櫓付近の石垣が崩れています。

②屈指の高さを誇る石垣武者返しは、崩れた場所もあります。

③天守閣は屋根瓦としゃちほこが落下。しゃちほこは、行き先が不明です(熊本地震直後の情報)。

④水前寺成趣園付近の神社鳥居が倒壊。

⑤健軍水源地は無事で4月17日より給水再開。

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