ブラタモリのまとめ 埼玉・群馬・長野・新潟(ランチ・観光)

【新潟】ブラタモリおすすめの観光スポットまとめ……2016.7.30

2016/08/01

ブラタモリ新潟編が紹介した、新潟の歴史や地形がわかる独自の観光スポットをまとめました。新潟旅行や教養のためにぜひご覧ください。

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新潟とは

 JR新潟駅  萬代橋  新潟市の中心古町 ● ブラタモリのスタート地点

✔ 米どころとして知られる新潟県の県庁所在地、新潟市は日本海側最大の都市です。JR新潟駅は町外れにあり、北西方向へ萬代橋を渡りバスで移動した先が中心部の古町です。

✔ ブラタモリは、信濃川にかかる萬代橋が見える場所からスタート(新潟駅から徒歩15分。またはバス停「万代シテイ」下車徒歩)。テーマは「新潟は砂の町」。

メディアシップ

※ブラタモリのスタート地点を訪ねるなら近くの新潟日報メディアシップ(写真)がおすすめです。無料の展望台から新潟市の全体を見ることができます。国の重要文化財萬代橋の新潟駅側にあります。万代シテイバス停すぐ。

※萬代橋の古町側には新潟一の名門ホテルホテルオークラ新潟があり古町へも徒歩圏です。近年佐渡汽船乗り場付近にホテル日航新潟が新設され、高級ホテルの代表格の地位は日航新潟に移りつつあります。

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新潟は砂の町?

✔ 新潟が砂の町を実感できる場所があります。バス停の四ツ屋町1丁目付近から海へ向かいます。上り坂を登ると海が見える丘に到着。新潟に砂丘が存在することがわかります。新潟砂丘は70キロに及ぶ広大な砂丘です(上の地図の■■■で囲まれた部分は、横に長い新潟砂丘の一部です)。

✔ 新潟の砂は、新潟市を流れる信濃川、阿賀野川が運んできました。新潟は、砂に翻弄され砂を克服した町だったのです。

砂に苦しめられた新潟と古町一帯

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出典:http://www.niigata-furumachi.jp/

✔ 新潟町ははかつて現在より北側にありました。ところが、信濃川が浅くなり港の機能を失い白山潟・寄居潟に移転します。現在の古町の町割りは、移転後1650年頃に完成したものです。

✔ 江戸時代には町屋が立ち並び、現在の新潟三越付近に代官所がありました。その後も広大な信濃川の川幅は次第に狭くなり、現在は309mの萬代橋によって渡ることができます。

 古町バス停(三越のそば)  かつての中洲のキワ(端) ■■■ 寺が並ぶ通り  柳のある通り  堀を埋めた商店街(人情横丁) ● 内堀の橋の跡  弘願寺(弘法大師像)  ドガベン像

✔ 土砂により港の機能を失った新潟町が移転した白山潟・寄居潟は、現在の古町一帯にあたります。すでに周辺は埋め立てられ中洲ではありません。中洲を囲んでいた広大な信濃川は川幅が縮小し古町の南東に位置しています。

✔ 初めて古町を訪ねると先ずどこに行けばよいのか迷いますが、古町バス停近くの新潟三越(あるいはNEXT21)が中心です。ここを起点に行動すると迷いにくくなります。

✔ タモリさん一行は「 かつての中洲のキワ(端)」→「■■■ 寺が並ぶ通り」→「 柳のある通り」の順に南東に歩きます。

✔ 寺が並ぶ通りは、かつて北東にあった新潟町が移転する際に、寺の並びをそのまま移転したものです。

✔ 柳のある通りは、三越(NEXT21)前を通る道です。柳がまばらに見られるのは、かつて中洲内の堀であった名残りです。この堀と並行方向に3本のメインの堀がありました。さらに縦につなぐ堀も存在しまいた。中洲全体が港として機能していたのです。堆積する砂により港を失いやむなく移転した新潟町でしたが、移転をチャンスに変え中洲に船が縦横無尽に行き来できる便の良い港町を形成したのです。

新潟古町

✔ ブラタモリでは紹介されませんでしたが、柳のある通り付近には新潟市を代表するラーメン店三吉屋の本店があります。三吉屋を少し三越方向へ歩くと商店街から巨大な仏像が顔を出します。弘願寺の10m近い弘法大師像は、古町の隠れた名所です。この付近にあるとんかつ太郎は、新潟のご当地グルメタレかつ丼の元祖となります。

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古町

✔ ブラタモリでは紹介されませんでしたが、ドカベン像は古町のシンボル的存在です。一時期撤去が決定したもの商店街の粘り強い交渉で存続が決まりました。

✔ 「 柳のある通り」のあとタモリさんは、「 堀を埋めた商店街(人情横丁)→● 内堀の橋の跡」の順にめぐります。

✔ 人情横丁はメインの3本の堀を縦方向につなぐ堀を埋めて作られたものです。横丁の南東の端には浦安橋の跡があり、ここが中洲の南東のキワ(端)にあたります。

花街としての古町

✔ かつての古町一帯は全国有数の港町として栄えたため、祇園、新橋と並ぶ規模の花街がありました。タモリさんは、人情横丁や浦安橋の跡の付近からかつての花街に移動します。

✔ 料亭鍋茶屋は、江戸時代から続く有数の料亭です。船頭や廻船問屋など有力者が集まりました。200畳の広間があります。

✔ タモリさんは、樽拳の遊びをし、新潟小唄を聴きます。

亀田郷の米作り

✔ 新潟駅を信越線で南下すると亀田製菓の名前でもお馴染みの亀田駅に着きます。亀田郷は米の有数の産地です(年間3万トンの生産)。地図が示すように南から北へ歩くと、砂が作る高低差を感じることができ、砂山の地名も見つかります。日本海沿いの砂丘に加えここにも砂丘があったのでしょうか?

✔ 亀田郷はかつては東西に列をなす砂丘に挟まれた湿地帯でした。信濃川の河口に運ばれてきた砂が、日本海の波に押し返され砂丘が生成することを繰り返したのです。砂丘間低地は水がたまりやすく、沼地になり米作りには不向きです。

✔ 鳥屋野潟は亀田郷で一番低い場所のため全域の水が集まってきます。戦後、米作りを活性化するために鳥屋野潟の水抜きが計画されます。しかし鳥屋野潟は高さが低く、西を流れる信濃川への排水は困難でした。

✔ タモリさん一行は鳥屋野潟の西の端、信濃川東岸にある排水機場へ移動します。ここでは4台の巨大なポンプが毎秒60トンの能力で24時間排水を続けています。これは25mプールを6秒で空にする能力です。

✔ ブラタモリは、最後に信濃川の河口に移動し大型浚渫船「白山」を観察します。 白山は川底の砂を排出しています。こちらも24時間体制です。

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出典

http://www.gicho.pa.hrr.mlit.go.jp/gyomu/minato/hakusan.html

次週は佐渡島へ

佐渡汽船

✔ 佐渡汽船の出港場所として知られる万代島(実際には市中と陸続き)には、イベント会場の朱鷺メッセや新装のホテル日航新潟があり人気を集めています。次週のブラタモリは佐渡島になります。

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