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【ブラタモリ新潟】タモリ推奨の新潟の歴史・地形・観光ルートまとめ #45

2018/02/19

NHK番組のブラタモリ新潟編で、タモリさん推奨の新潟の歴史・地形を踏まえた観光ルートが紹介されました。この記事では、ブラタモリ新潟編のルートを、アクセスなどの情報とともに紹介します。

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新潟とは

  •  JR新潟駅
  •  萬代橋
  •  新潟市の中心古町
  • ● ブラタモリのスタート地点

米どころとして知られる新潟県の県庁所在地・新潟市は、日本海側最大の都市です。JR新潟駅は町外れにあり、北西方向へ萬代橋を渡り、バスで移動した先が中心部の古町です。ブラタモリは、信濃川にかかる萬代橋が見える場所からスタートします。テーマは、新潟は砂の町

  • ブラタモリスタート地点へのアクセス:新潟駅から徒歩15分。またはバス停万代シテイ下車徒歩。

ブラタモリのスタート地点を訪ねるなら、近くの新潟日報メディアシップ(写真)もおすすめです。無料の展望台から、新潟市の全体を見ることができます。国の重要文化財萬代橋の新潟駅側にあります。万代シテイバス停すぐ。

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新潟は砂の町?:ブラタモリ新潟

新潟が砂の町であることを実感できる場所があります。バス停の四ツ屋町1丁目付近から海へ向かいます。上り坂を登ると、海が見える丘に到着。新潟に砂丘が存在することがわかります。新潟砂丘は70キロに及ぶ広大な砂丘です(記事冒頭の地図の■■■で囲まれた部分は、横に長い新潟砂丘の一部です)。

新潟の砂は、新潟市を流れる信濃川、阿賀野川が運んできました。新潟は、砂に翻弄され砂を克服した町だったのです。

砂に苦しめられた新潟と古町一帯:ブラタモリ新潟

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出典:http://www.niigata-furumachi.jp/

新潟町は、かつて現在より北側にありました。ところが、信濃川が浅くなり港の機能を失い、白山潟・寄居潟に移転します。現在の古町の町割りは、移転後1650年頃に完成したものです。

江戸時代には町屋が立ち並び、現在の新潟三越付近に代官所がありました。その後も広大な信濃川の川幅は次第に狭くなり、現在は309mの萬代橋によって渡ることができます。

  •  古町の中心(古町バス停、三越)
  • ■■■ 寺が並ぶ通り(南北方向)
  •  かつての中洲のキワ(中州の西の端)
  • ■■■ 柳のある通り(南北方向)
  •  三吉屋
  •  弘願寺(弘法大師像)
  •  ドガベン像
  • ■■■ 堀を埋めた商店街・人情横丁(東西方向)
  • ● 堀にかかっていた橋の跡

土砂により港の機能を失った新潟町が移転した白山潟・寄居潟は、現在の古町一帯にあたります。すでに周辺は埋め立てられ中洲ではありません。中洲を囲んでいた広大な信濃川は川幅が縮小し、古町の南東に位置しています。

初めて古町を訪ねると、先ずどこに行けばよいのか迷いますが、新潟三越の付近(地図印)が中心です。もとは代官所があった、この場所を起点に行動すると迷いにくくなります。上の写真は、東の新潟駅方向から、西に向かう通りで、交差点に三越が見えます。

ブラタモリは、■■■ 寺が並ぶ通り→ かつての中洲のキワ(端)→■■■ 柳のある通り の順に回ります。

  • 寺が並ぶ通り(南北方向)は、かつての新潟町が移転する際に、寺の並びをそのまま移転したものです。
  • 柳のある通り(南北方向)は、かつて中洲内の堀であった名残りです。この堀と並行して、南北方向に3本のメインの堀がありました。さらに、縦(東西方向)につなぐ堀も存在しました。つまり、中洲全体が、港として機能していたのです。堆積する砂により港を失いやむなく移転した新潟町でしたが、移転をチャンスに変え、中洲に船が縦横無尽に行き来できる便の良い港町を形成したのです。

  • ブラタモリでは紹介されませんでしたが、柳のある通り付近には新潟市を代表するラーメン店三吉屋の本店があります(地図印)。
  • 三吉屋を少し三越方向へ歩くと商店街から巨大な仏像が顔を出します。弘願寺の10m近い弘法大師像は、古町の隠れた名所です(地図印)。
  • また、三吉屋の東、柳のある通り付近にあるとんかつ太郎は、新潟のご当地グルメタレかつ丼の元祖となります。

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古町

ブラタモリでは紹介されませんでしたが、ドカベン像は古町のシンボル的存在です(地図印)。一時期撤去が決定したものの、商店街の粘り強い交渉で存続が決まりました。

■■■ 柳のある南北方向の通りを過ぎたブラタモリは、■■■ 堀を埋めた商店街・人情横丁(東西方向)→● 堀にかかっていた橋の跡の順にめぐります。

人情横丁は、メインの3本の堀(南北方向)を縦方向につなぐ東西方向の堀を、埋めて作られたものです。横丁の端には、浦安橋の跡があり、ここが中洲の南東のキワ(端)にあたります。

花街としての古町:ブラタモリ新潟

かつての古町一帯は全国有数の港町として栄えたため、祇園、新橋と並ぶ規模の花街がありました。タモリさんは、人情横丁や浦安橋の跡の付近から、かつての花街に移動します。

ブラタモリは、料亭鍋茶屋を訪ねます。料亭鍋茶屋は、江戸時代から続く有数の料亭です。船頭や廻船問屋など有力者が集まりました。200畳の広間があります。タモリさんは、樽拳の遊びをし、新潟小唄を聴きます。

亀田郷の米作り:ブラタモリ新潟

新潟駅を信越線で南下すると、亀田製菓の名前でもお馴染みの亀田駅に着きます。亀田郷は米の有数の産地です(年間3万トンの生産)。地図が示すように南(A)から北(B)へ歩くと、砂が作る高低差を感じることができ、砂山の地名も見つかります。日本海沿いの砂丘に加えここにも砂丘があったのでしょうか?

亀田郷は、かつては東西に列をなす砂丘に挟まれた湿地帯でした。信濃川の河口に運ばれてきた砂が、日本海の波に押し返され砂丘が生成することを繰り返したのです。砂丘間低地は水がたまりやすく、沼地になり米作りには不向きです。

鳥屋野潟は亀田郷で一番低い場所のため、全域の水が集まってきます。戦後、米作りを活性化するために鳥屋野潟の水抜きが計画されます。しかし鳥屋野潟は高さが低く、西を流れる信濃川への排水は困難でした。

ブラタモリは、鳥屋野潟の西の端、信濃川東岸にある排水機場へ移動します。ここでは4台の巨大なポンプが、毎秒60トンの能力で24時間排水を続けています。これは25mプールを6秒で空にする能力です。

ブラタモリは、最後に信濃川の河口に移動し大型浚渫船・白山を観察します。 白山は川底の砂を排出しています。こちらも24時間体制です。

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出典

http://www.gicho.pa.hrr.mlit.go.jp/gyomu/minato/hakusan.html

次週は佐渡島へ

佐渡汽船

佐渡汽船の出港場所として知られる万代島(実際には市中と陸続き)には、朱鷺メッセやホテル日航新潟があり、人気を集めています。次週のブラタモリは佐渡島になります。

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