【ブラタモリ福井・一乗谷編】全内容・ルートを写真でまとめと要約! #120


トラベルジャーナ
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NHK番組のブラタモリ福井・一乗谷編で、一乗谷や福井の地形・歴史を踏まえた、穴場観光地を含むルートが紹介されました。この記事では、ブラタモリ福井・一乗谷編の全ルートを、写真やアクセスなどの情報とともに紹介します。

内容は、もくじから。

ライターに外注するメディアとは異なり、旅行年50泊の専門家 (証明写真)が、すべての記事を担当しています。


ブラタモリ便利帳

(前回)ブラタモリ日本の山 まとめ
(前々回の放送)ブラタモリ熱海編のまとめ

まとめ  ブラタモリ全放送回のまとめ (都道府県別)
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ブラタモリ

ブラタモリと福井

ブラタモリでは、すでに福井県内の東尋坊三国港を訪ねています。東尋坊の成り立ちや、東尋坊に人を呼び込んだ、三国港の歴史が明かされています。

福井でブラタモリ内容
福井(#124)福井のルーツは消えた都市に? 奥行き1.7キロに、推定1万人もの人が暮らしていた大都市がありました。
東尋坊(#120)タモリさんは巨大な柱状節理に驚きます。なぜ東尋坊に誕生したのでしょうか? 三国港突堤も訪問。

福井駅|ブラタモリ福井

ブラタモリは、福井駅前からスタート。恐竜が出迎えます。

DINOSAUR KINGDOM FUKUI(ダイナソー・キングダム・フクイ)と駅舎にも書かれています。ブラタモリのテーマは、福井のルーツは消えた都市にありです。

ブラタモリ
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消えた都市とは?

消えた都市とは、戦国大名・朝倉義景あさくらよしかげの城下町、一乗谷いちじょうだにです。織田信長に焼き払われ、100年で消えてしまいました。しかし、発掘が進み、新発見が相次ぎ、国特別史跡に指定されました。

越美北線で鉄壁の門へ|ブラタモリ福井

ブラタモリは、JR九頭竜線(越美北線)に乗り一乗谷駅へ向かいます。

車内では、ボックス席で福井銘菓・羽二重餅を試食。

目的地は、福井市の東方にある山奥の谷、一乗谷いちじょうだにです。足羽川に注ぐ支流が流れる、険しい山に囲まれた谷間。奥行き1.7キロに、推定1万人もの人が暮らしていた大都市です。

鉄壁の門

一乗谷の狭い入り口には、鉄壁の門が作られていました(下城戸跡)。戦国時代の切迫した時代背景を感じさせる、強固な守りです(地図)。

タモリさん一乗谷を歩く|ブラタモリ福井

トラベルジャーナ
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ブラタモリは、地図のの順で歩きました。

アクセス 出発点の一乗谷レストラントは、一乗谷駅から徒歩15分または、京福バス一乗谷レストラント前 徒歩1分。

町人が住んだ町屋などの跡(地図の赤色)

一乗谷を奥へ進むと、水路や家の礎石の跡が見られます。戦国時代の町屋の町並みが、そのまま発見されたエリアで、道路の幅や家の大きさもわかります。

多数の井戸や、楕円形のトイレの跡も見学できます。木製の金隠しも出土しました(全国で初めて発見された、中世の金隠しです)。

庶民の邸宅にも、1つ1つに、井戸やトイレがあったことが分かっており、豊かな城下町だったことがわかります。

ブラタモリ
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町屋の跡のやや奥には、大きな間口や坪庭の跡が見られます。誰が住んでいたのでしょうか? 

中国の医療書の痕跡も出土しました。医者の邸宅の跡です。

一乗谷は滅亡したあと、城下町は現在の福井市に移り、開発されることはありませんでした。その後、水田となり、水でカバーされる形となり、遺構・遺物の保存状態は良好です。

武家屋敷の跡(地図の青色

さらに奥に進み、朝倉義景あさくらよしかげ氏の館の跡が近づくと、城下町の武家屋敷の町並みが、復原されています。

ブラタモリ
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武家屋敷のなかに、数軒だけ町屋が紛れています。これは、なぜなのでしょうか?

町屋が混在しているのは、戦国時代が進むと経済が発展し、商人の活動範囲が広がったと考えられます。

朝倉氏の館の跡(地図の緑色

ブラタモリは、戦国大名・朝倉義景あさくらよしかげ氏の邸宅の跡を訪ねます。

井戸(上の地図の緑線の右端/東端)からは、ベネチアングラスが出土しています。一乗谷は、水運で、現在の福井市を介して、世界とつながっていたのです。

一面に広がる礎石は、戦国大名・朝倉義景氏の住まいの跡です。

朝倉館の周囲には、土塁や堀が設けられています。

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一乗谷の城下町は、織田信長に滅ぼされてしまい、時代は移り変わります。一乗谷は風化し、現代では田んぼになっていました。

福井城

写真:福井県によるパンフレット(PDF)より

ブラタモリは、福井城跡に移動します。現在は、石垣、内堀、天守台などが残存しています。福井藩主が登城した御廊下橋、山里口御門も相次いで復原されました(写真)。

アクセス 福井駅から徒歩5分

山里口御門には、珍しい、石で作られた屋根瓦やねがわらが見られます。使われている笏谷石しゃくだにいしは、火山灰が固まった凝灰岩で、福井を代表する、美しい高級石材です。

笏谷石は、一乗谷でも、井戸などに使われていました。一乗谷には石を加工する技術が発達しており、福井城の石の瓦に受け継がれていると言えるのです。

笏谷石と福井

ブラタモリは、丹巌洞たんがんどう(料亭)を訪ねます(地図)。庭の建造物は、全て笏谷石でできています。笏谷石の巨大な塊を掘り出して、建造物を作ったのです。

丹巌洞は、福井城に近い、まるごと笏谷石でできた足羽山にある、石切り場の跡を再利用したものです。

ブラタモリは、丹巌洞の前に、カーブした道路を見つけます。足羽川が、かつて流れていた場所です。足羽山から切り出した石は、足羽川の水運を経て、三国港から全国へ運ばれていったのです。笏谷石は、福井に繁栄をもたらしました。

福井の商店街に残る一乗谷の面影

ブラタモリは、呉服町商店街を訪ねます。下一乗町は、かつて一乗谷に住んでいた人が、移り住んだ町です。

国島商店は、江戸時代の地図にも、組頭としてその名前(国島和三郎)が載っています。御用商人で、福井で最も古いお店です。現在は18代目。朝倉の家紋が入った着物が残されています(非公開)。

アクセス 呉服町商店街 福井駅から17分、福井城跡から13分

前編とも言える東尋坊編は下の記事からご覧ください。

【ブラタモリ東尋坊編】全ルートを写真で紹介!~再放送と地形・穴場観光地~ #120

福井でブラタモリ内容
福井(#124)福井のルーツは消えた都市に? 奥行き1.7キロに、推定1万人もの人が暮らしていた大都市がありました。
東尋坊(#120)タモリさんは巨大な柱状節理に驚きます。なぜ東尋坊に誕生したのでしょうか? 三国港突堤も訪問。
石川でブラタモリ内容
金沢(#3,#4)金沢城は石垣がみどころ。三代前田利常の石垣は、関が原の戦いが終わり、芸術的でカラフル。

ブラタモリ便利帳

(前回)ブラタモリ日本の山 まとめ
(前々回の放送)ブラタモリ熱海編のまとめ

まとめ  ブラタモリ全放送回のまとめ (都道府県別)
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