【ブラタモリ名古屋・大須 全ロケ地】#新43 44

とらべるじゃーな!
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NHK番組のブラタモリ名古屋・大須で、タモリさんが大須を訪ねました。このページでは内容の要約やロケ地をお知らせします。
速報版です。内容は改めて改訂します。

😎桶狭間の戦い
(#32,#33)
😎名古屋
(#75,#76,#90)名古屋城と熱田神宮
😎は現地取材

今回のブラタモリの舞台は、名古屋が誇る一大繁華街・大須です。8つの商店街に1200もの店がひしめき、年間およそ1500万人が訪れるという“元気すぎる商店街”には、いったいどんな地形・歴史の秘密が眠っているのでしょうか。

【前編】大須 8商店街・1200店が集まる町のかたち

ブラタモリは名古屋城南2キロの大須商店街からスタート(fabchic ファブシックなどがある付近)。

まずは大須という街の基本構造から。大須観音につながる「仁王門通り」の商店街など、8商店街があります。タモリさんは、教会、うなぎ、メイド喫茶が並び立つ雑多さに注目。年間に1500万人が訪ねます。

運が良いとみられるのが、賑やかな大須名物ちんどん屋。今回のお題は、家康が生んだ大須、なぜ元気すぎる商店街に?です。

なぜこれほど狭いエリアに商店街が密集し、なでこれだけの店舗数を抱えるようになったのでしょうか?

大須観音はなぜ清須城と同時期に大須へ?

ブラタモリは大須観音を訪ねます。タモリさんは、直近で訪ねた平等院鳳凰堂とも似ているとの感想。

江戸時代の名古屋の城下町の図を見ます。名古屋城(外堀内)→南に商人地→南に寺町となり、大須観音は寺町の一角を占めます。(商人地はブラタモリ名古屋で訪問済み)

😎桶狭間の戦い
(#32,#33)
😎名古屋
(#75,#76,#90)名古屋城と熱田神宮
😎は現地取材

大須のルーツは、家康による名古屋築城とそれに伴う「清須越し」にあります。清須から寺社や町人ごと移転させたのです。

地理院地図を用いて筆者加工

清須城は、洪水や水攻めのリスクがありました。まだ関ヶ原の戦いの10年後であり、家康は守りを考え台地の先端に城を移したのです。

一方大須観音の原点は、清須ではなく、岐阜羽島にありました。なぜ家康は大須観音を移転させたのでしょうか?

大須観音は家康はどうしても欲しかったという説もなくはないですが、本当の理由は本堂の裏で分かります。

タモリさんは、大須文庫を見学します。国宝4、重要文化財37を含む1万5000巻を収納。

家康は、当時天下人としての自覚から、歴史書の集積・管理を図っていました。元の大須観音は川に囲まれリスクがあったので移転させたのです。

タモリさんは、現存最古とされる『古事記』写本を見学。原本が消失した古事記のなかではもっとも正確で、国宝に指定されています。いつ写本されたのかが記されておらず、年代の特定には苦労がありました。江戸時代の尾張の藩士があることに気づいたのです。

写本には、本文外、紙と紙を張り合わせた部分がはがれ、「執筆賢瑜29歳」を意味する内容があり、年代が特定されたのです。賢瑜は、見えない部分に自分の痕跡を残していたのです。

さらに尾張藩の藩士は、さらに調査を進め、「秘蔵宝鑰」という仏教書に行きつきます。賢瑜27歳のサインがあり、こちらは1350年と確定しているため、古事記の写本年代が確定したのです。1万5000のうち賢瑜の写本はわずか4点でした。

タモリさん初の大須演芸場

引用 公式サイト

ブラタモリは大須演芸場を訪ねます。現在は芸どころ名古屋、笑いの殿堂の看板が追加されています。

かつて楽屋にあった机の裏側が展示されています。駆け出しの頃に明石家さんまさんがかいた落書きがありました。ビートたけしさんも若い頃に出演。

タモリさんも舞台に上がります。演芸場での出演歴は意外にもなく、今回が初めて。タモリさんは、若い頃の北京放送のモノマネを披露しました。「ウケなかったなあの頃は」

タモリさんは江戸時代中期の大須観音周辺の絵図を確認。賑わう大須観音ですが、看板を建てた絵があります。ある人気者たちの名前が書かれていたのですが、当時人気があったのが歌舞伎。歌舞伎は、現在の歌や踊り、ライブ、アイドル的な要素を全て取り込んだ一大芸能でした。

かつて各寺院の境内には芝居小屋がありました。広い境内が芝居小屋として活用されたのです。このブームには仕掛け人がいました。

尾張藩主・徳川宗春の“仕掛け人”ぶり

江戸時代に大須を賑わいの街へと押し上げた立役者が徳川宗春。家康のひ孫の子どもが宗春。江戸の中期頃に宗春の姿が描かれていますが、独特な帽子に長いパイプを持っていました。

倹約令が主流だった徳川吉宗の時代にあえて派手な政策を打ち出した異色の藩主です。タモリさんが派手な衣装をまとって宗春を体感するという演出は、その人物像をわかりやすく伝える狙いがありました。

【後編】現代の大須を支える“仕掛け”

商業ビルの中に隠れた参道

現代的な商業ビルの内部になぜか寺への参道が続いている——大須ならではの再開発と信仰の共存が見どころです。区画整理や建て替えの過程で、寺の参道が街の動線に組み込まれていった経緯が語られそうです。

ド派手なLEDビジョンと電子決済のお賽銭

寺という伝統的な空間に、LEDビジョンや電子決済のお賽銭箱といった最新技術が導入されている点も注目ポイント。信仰の場が街の賑わいづくりの装置としても機能している、大須らしい“ゆるさ”と柔軟性が浮き彫りになりそうです。

半世紀続く電器店と真空管トーク

半世紀にわたり街を見守ってきた電器店の店主が登場。マニアックな真空管談義や懐かしの家電コレクションに、タモリさんが童心に返って盛り上がる場面が予想されます。大須の「電気街」としての側面にも触れられそうです。

グルメストリートと鶏の丸焼き

世界各国の料理店が集まる最新のグルメスポットも紹介。名物という鶏の丸焼きを味わうシーンは、大須が持つ多国籍・多文化な顔を象徴するエピソードになりそうです。

前編は「家康・宗春による町づくりの歴史」、完結編は「現代における再開発と多文化・多世代の共存」という構成で、大須という街の過去と現在を対比的に描く回になりそうです。伝統(寺・演芸場・電器店)と最新(LEDビジョン・電子決済・グルメストリート)が同居する街の姿こそが、今回のブラタモリの核心テーマといえるでしょう。

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