
ブラタモリ滋賀・近江八幡編で、タモリさんが安土城に続き近江八幡の町を訪ねました。このページでは内容やロケ地をお伝えします(再放送・見逃し情報はこちら)。
7/11 織田・豊臣のまちづくりSP
近江八幡部分の要旨(「ブラタモリ近江八幡」の再編集)
★写真や詳細は後続記事にあります★
・秀吉、秀次が作った町
・ロープウェイで山上へ→石垣が多く残っている
・石垣を登ると八幡の町を見降ろす。安土山ともさほど離れていない(直線5km)。なぜすぐ近くに再建?→信長を上回る権威を見せる
・安土城の天主台の石垣の破城跡があり、秀吉が行ったという説もある。
・安土城下の住民は、八幡城下へ移住。
・八幡掘を船で巡る。琵琶湖から、城下町を通りふたたび琵琶湖に出る。城の防衛だけでなく、運河としても意図された。
・安土の掟書と比べると八幡の掟書は増えていた→琵琶湖を航行する船は必ず八幡掘を通れという掟(信長よりも大胆なルール)
・城下には細い堀を張り巡らせていた(背割下水→大坂にもある。八幡は大阪と同時期に作られたが、八幡が先に仕上った可能性がある)
・城下町には運河が流れ、八幡城はそれを見降ろしていた。
・近江商人→琵琶湖周辺を拠点に全国で活躍し、現在の大企業にもつながる。なかでも八幡の商人はよく活躍した。
・庭も合わせると700坪の面積の「西川家」→ふとんの西川の原点
・庭に隣接し堀が流れる。直接船で乗り入れた。
・行った先に根付いた商売方法は?→支店づくり→生まれた大ヒット商品は?
・蚊帳(かや)は、八幡の商人の扱う有名な商品となった。近江の周辺の麻を使った。
安土はこちら→【ブラタモリ安土城 全ロケ地】織田信長、人生最後の夢 新#26+織田・豊臣のまちづくりSP
| 😎近江八幡 (新#27)秀吉と近江商人 | 😎安土城 (新#26)信長の最後の夢 | 😎東海道五十七次 (#SP)大坂へ続く分岐路 |
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おすすめのルート
近江八幡駅🚌(長命寺行き)小幡町資料館前…新町通り…荷上場跡😎(地図)…明治橋😎(地図)…西川甚五郎邸😎(西川甚五郎本店史料館、地図)…日牟禮八幡宮😎…八幡山ロープウェイ😎
近江八幡|ブラタモリ近江八幡

安土城跡に次ぐ舞台は、風情ある町並みが残る水郷の町・近江八幡。写真は近江八幡駅の様子です。

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信長が集めた安土の商人は、信長の死後、集団で近江八幡に引っ越しました。

ブラタモリは、近江八幡の街角の水路からスタート。場所は明治橋です(地図)。

ブラタモリは、近江八幡の名前の由来となった、日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)を訪ねます。旅のテーマは、近江商人を生んだ豊臣のまちづくりとは、です。

タモリさんは八幡山ロープウェイで山上へ。

山上には八幡山城があり、築城当時の石垣を見ることができます。秀吉の時代の築城当時の石垣を見学できる場所は貴重です。
近い位置に安土山を望みます。安土城跡には石垣をわざと壊した跡があります。これは秀吉の仕業ではないかという説があります。
秀吉は、安土から商人を八幡に移します。どのようなまちづくりを行ったのでしょう。

タモリさんは、船で水路を移動。

左手の階段は荷上場です(地図)。正面には八幡山城。琵琶湖に通ずる運河です。運河は2か所で琵琶湖につながっていました。

八幡の掟書を安土のものと比較すると、構成は似ていますが長くなっている条文があります。琵琶湖を航行する商船は必ず八幡を通す、という条文がありました。秀吉は、信長以上に大胆なルールを作り、八幡の活性化を目指しました。

八幡の町には、細い溝が通っています。背割りとは住居の背中合わせの部分であり、そこに下水道を通したのです。この方法は、大坂でも実践されました。豊臣が築いた町は、大坂のモデルになった最先端の商業都市だったのです。

近江商人は琵琶湖の周囲で活躍した商人たちのこと。八幡の商人は特に全国に進出しました。
秀吉は甥の秀次に関白を譲りますが、実子秀頼が生まれると、秀次に謀反の疑いをかけ切腹させます。秀次が城主だった八幡山城は廃城となりました。
安土に続き、2度目の廃城を経験した近江商人は、武士に頼らず全国に行商に向かったと考えられます。

ブラタモリは、近江商人の屋敷・西川甚五郎邸(西川甚五郎本店史料館、地図)を訪ねます。
蔵がありすぐ裏手を八幡掘が流れます(一般非公開)。商人はここから行商に出かけたのです。近江商人は行商先で支店を出す工夫を行いました。そのなかで、ある大ヒット商品が生まれました。
それは蚊帳(かや)です。江戸時代の浮世絵を見ると、近江の蚊帳が描かれています。なぜ近江の蚊帳は流行ったのでしょう?

萌黄色と赤の組み合わせが大流行を生んだのです。
近江商人が日本三大商人と呼ばれたのはなぜだったのでしょうか? 決算書にはよく吟味し少ない利益で商売をするなど、現在「三方よし」として知られる内容が記されていました。
・「しまつして、きばる」(少ない利益でも、よい商品をたくさん売ることにより、もうけを増やして行く薄利多売の商いであったことから、日々きばって働く)
・「先義後利栄」(商いは、利潤を追求する事が第一ではなく、常についてまわるもの)
・「お助け普請」(身近な不景気対策)
・「出精専一」(精を出して働く事が第一で、奢ることなく、ケチることもない生活態度が大黒である)
・「利真於勤」(投機商売、不当競争、買い占め、売り惜しみなどによる荒稼ぎ、山師商法や政治権力との結託による暴利ではなく、本来の商活動にはげむ)
同時に「武士は敬して遠ざけよ」の言葉も残されています。
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