
NHK番組のブラタモリ江戸城・外郭編(2021年)で、タモリさんが江戸城と周辺の地形や歴史を紹介しました。2026年の大復習スペシャルでは、一部内容が取り上げられました。
大復習スペシャルの内容
①二重橋前(皇居の東側) 次週の予告、江戸城の範囲を説明(外郭内を含めると非常に広範囲)
😎②~④は内堀です
②2階建てバスに乗り石垣の高さを確認→【大復習スペシャル】堀の石垣、高さが違う理由は?[江戸城の東側~北側]
③江戸城の西側、千鳥ヶ淵へ→【大復習スペシャル】江戸城の弱点・西側の防御を徳川はどう強化した?[江戸城の西側]
④江戸城の南側、桜田堀へ→【大復習スペシャル】桜田堀と日比谷公園[江戸城の南側]
⑤江戸城の西側、番町へ→【大復習スペシャル】江戸城の弱点・西側の防御を徳川はどう強化した?[江戸城の西側]
😎⑥~⑦外堀です
⑥外堀の出発点 西神田、雉橋へ→【大復習スペシャル】西神田(堀留)、雉橋
⑦外堀の後半 御茶ノ水へ→【大復習スペシャル】(ここから後編)神田川は伊達政宗が掘った?船から御茶ノ水を見上げて「仙台堀」の謎に迫る!
⑧日比谷入り江→【大復習スペシャル】桜田堀と日比谷公園[江戸城の南側]
😎最後に大名屋敷に少し触れています
【ブラタモリ大名屋敷 全ロケ地】タモリさんが東京の大名屋敷の秘密を探る#200・201
もくじにて【大復習スペシャル】とある項目は、2026年3月28日に再度放映されました。
- 【大復習スペシャル】2階建てバスのスペシャル・ツアー!スタートは丸の内[江戸城の東側]|ブラタモリ江戸城
- 【大復習スペシャル】堀の石垣、高さが違う理由は?[江戸城の東側~北側]
- (参考)江戸城の天守台
- 九段下・靖国神社の景色[江戸城の北側]
- 【大復習スペシャル】江戸城の弱点・西側の防御を徳川はどう強化した?[江戸城の西側]
- 【大復習スペシャル】桜田堀と日比谷公園[江戸城の南側]
- 銀座へ[丸の内の東側]
- 【大復習スペシャル】西神田(堀留)、雉橋
- 【大復習スペシャル】(ここから後編)神田川は伊達政宗が掘った?船から御茶ノ水を見上げて「仙台堀」の謎に迫る!
- 城づくりと国づくりの一石二鳥?徳川が大名に行わせた工事とは!?
- 徳川御三家の敷地がランドマークに
【大復習スペシャル】2階建てバスのスペシャル・ツアー!スタートは丸の内[江戸城の東側]|ブラタモリ江戸城


ブラタモリ江戸城編は、東京駅に近い「丸の内」から2階建てバスでスタートします。
東京駅に近い丸の内は、江戸時代には大名屋敷があった場所です。丸の内側、東京駅の駅舎辺りまでが大名屋敷地で、八重洲口側は商人・職人地でした。

明治維新後、周辺の大名屋敷は政府に接収され、省庁や陸軍の施設が建てられました。その後、しばらくたつと移転し三菱二代目である岩崎弥之助に払い下げられました。そのため現在でも、丸の内には三菱系の企業が目立ちます。

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左手には皇居(旧江戸城)と内堀。右手のビル街は旧大名屋敷です。
ブラタモリでは、江戸城の範囲を確認します。江戸城は内堀の中だけでなく、外堀の中を含め今の皇居よりずっと大きな範囲でした。秀吉の大坂城の約4倍の面積を誇りました。
範囲の目安
西 四ツ谷駅 南 新橋駅 東 浅草橋駅 北 水道橋駅・飯田橋駅
ブラタモリ江戸城編
— ブラタモリ (@buratamori2018) June 26, 2021
高さギリギリのガードをくぐる😎#ブラタモリ pic.twitter.com/Z6WFCkg9Qu
【大復習スペシャル】堀の石垣、高さが違う理由は?[江戸城の東側~北側]

ブラタモリは、桜田巽櫓、富士見櫓、大手門付近を通ります。櫓は、監視と防御を目的とする施設です。大手門(ブラタモリでは割愛)は城の正門にあたります。
さて江戸城の東から北にかけては、石垣の高さ異なる場所があります。これはなぜなのでしょうか?

江戸城の東側(東京駅側)にある大手濠は、石垣が中程度の高さです(地図)。


江戸城の北東に内堀がある本丸付近では、石垣がかなり高くなっています。北にある二の丸付近(地図)でも石垣は相当高くなっています。

江戸城は武蔵野台地の先に作られています。北東側の本丸、北側の二の丸付近からは台地のため石垣の高さが異なるのです。
大坂城(大阪城)、名古屋城など全国の城の大半は、台地の先端部に作られています。
(参考)江戸城の天守台


江戸城天守台です。番組では感染対策を兼ねたバスからのロケのため天守台は訪ねていません。
現在残る天守台は、3代目の寛永期天守の焼失後に4代目天守を建てる予定で築かれたものでしたが、予算の関係で天守台のみに留まりました。

天守台付近の地図です。北側の二の丸は省略されています。

江戸城天守(天守閣)の復元模型です(江戸東京博物館、改装休館中)。

天守と隣接する本丸御殿の復元模型です。本丸御殿は、将軍と家族が生活を営むほか、政治や儀式、執務の舞台となりました。
いまも残る400年前の江戸城の建物

ブラタモリ川越編でタモリさんが訪ねた喜多院には、江戸城の旧紅葉山別殿を移築した建物が見られます。旧紅葉山別殿だった建物の白い壁は、400年前のままです(写真)。江戸城跡(皇居)には建物は残っていませんので、大変貴重な遺構です。
2階建てバスからの風景
ブラタモリ江戸城編。
— ブラタモリ (@buratamori2018) June 26, 2021
皇居(江戸城)を巡る2階だてバス。木々の枝が、ギリギリに😎#ブラタモリ
ルート👉 https://t.co/d9H8ge4iXk pic.twitter.com/bi9pGnM2e4
ブラタモリ江戸城編のルートは、スカイバス皇居・銀座・丸の内ルートが近くなります。
九段下・靖国神社の景色[江戸城の北側]

ブラタモリは、靖国神社がある九段下付近の街を走ります。台地の部分であり、江戸城の最高地点に当たります。
写真は田安門前の信号機です。かつては台地上にある靖国神社と同じ高さ、おおむね歩道橋の高さまで地面がありました。交通の関係で、地面を削り、通りやすくしたのです。
【大復習スペシャル】江戸城の弱点・西側の防御を徳川はどう強化した?[江戸城の西側]


江戸城の西側、千鳥ヶ淵は、桜の名所としても知られています。
しかし、桜の名所としての歴史はそれほど長くありません。名前の由来は、かつて半蔵門土橋まで広がっていた淵の形が、チドリが羽根を広げた形に似ているからとされています。家康はもともとあった池を、上手く利用し内堀の一部としました。(地図)
番町を訪ねる


ブラタモリは、番町を訪ねます(地図)。元々は、深く大きな谷が入り組んでいた場所です。細い道が多くかつては小さな川が流れていました。番長の町割は江戸時代と大きく変わっていません。バスは大きくカーブしながら、谷筋を走ります。
「番町皿屋敷」で知られます。番町皿屋敷は、江戸の怪談で、旗本屋敷の女中お菊が皿を割った罪で殺され、井戸から「一枚、二枚……」と数える幽霊になる物語。忠義・冤罪・怨念がテーマで、歌舞伎などでも広く知られる怪談です。
江戸城は、東に海、北に川という天然の要塞でしたが、西側は地続きとなっており、江戸城の弱点でした。ブラタモリ吉祥寺編で紹介された玉川上水は、尾根筋に引かれています。江戸城に攻め入るなら、この尾根筋をたどれば、容易に大軍を仕向けることができました。
江戸城の弱点・西側の防御を徳川はどう強化したのでしょうか?
まず谷筋をそのまま生かし、堀として活用しました。

家康はさらに西の出口を半蔵門に絞り、西側には直属の家来(将軍の親衛隊のようなもの)を住まわせました。

半蔵門の様子です。
【大復習スペシャル】桜田堀と日比谷公園[江戸城の南側]


皇居の真南には「桜田門」と呼ばれる警視庁があります。

真向かいの桜田門です。

桜田堀付近は、自然の深い谷を生かして、守りを固めています。台地の地形を生かした場所は、地盤が強く、石垣は用いられていません。
自然地形を生かし弱いところだけに手を打つ手法は、全国の城を見てきた徳川家康の知見が生かされています。
昔は海と半島だった!日比谷公園


桜田門から日比谷公園へかけては、下り坂。かつては海が見えていたと伝わります。

日比谷公園


徳川家康が江戸に入城した頃の江戸は、日比谷入り江が迫り、背後には原野や山林が広がる狭小な土地でした。
江戸城の東には日比谷入江が広がり、その対岸の場所(江戸前島)は、城下町として開拓できない状態でした。ブラタモリ松江編では、低湿地に堀を作ることで排水を進めたことが紹介されました。
江戸城でも同様に低湿地に堀を作り、掘り出した土で埋め立てて土地を広げてゆきました。新たに開拓した場所には外様大名(上杉、毛利、そして伊達)を住まわせましたが、決して住み心地は良くありませんでした。
銀座へ[丸の内の東側]


ブラタモリは、日比谷公園から江戸前島(半島部)だった場所に抜けます。徳川家康はここに大商業地を作りました。




江戸前島の大商業地だった場所は、現在の銀座です。


銀座通り口交差点

銀座通り口交差点(地図)では、(銀座から日本橋へ向かうと)道が左に曲がります。これは江戸前島の形の名残りです。
海にも広がった大名地

大名は参勤交代で隔年で江戸に住む必要がありました。家康は全国の大名に、あえて海の部分も含めて区画を割り当てました。
そのため埋め立てが進み、今の築地や汐留が誕生しています。
走る2階建てバス

ブラタモリ江戸城編のルートは、スカイバス皇居・銀座・丸の内ルートが近くなります。
最近扱われた江戸城の旧常盤橋


最近のブラタモリで取り上げられたのが、旧常盤橋。江戸城と繁華街の日本橋をつなぐ重要なルートが、常盤橋御門と旧常盤橋です。
旧常盤橋は江戸時代は木製でしたが、明治10年に石橋として架け直されました。老朽化が目立ったため、2015年頃から解体工事が進んでおり架け直されました。
2021年4月現在、まだ渡ることはできませんがほぼ完成しています。旧常盤橋は、都内に現存する最古の石橋。和洋折衷型の建築と意匠が施され、西洋文化が初めて橋の形で体現されたものとして文化財に指定されました。

常盤橋御門の石垣は残されています。
旧常盤橋 東京駅八重洲口から徒歩7~8分程度(道順)。または三越前駅B1出口すぐ(三越前駅では、出口を間違うとたいへん迷いやすいのでご注意ください)。
過去に紹介された内容(ブラタモリ旧シリーズ)

- 江戸時代からこの地にある市谷亀岡八幡宮
- 現代の街並みに残る江戸や明治の石垣(牛込見附など)
- 外堀の脇を通る甲武鉄道の駅の名残(牛込駅跡)
- 外堀(飯田壕)の真上に建つビルにある「区境ホール」
- 迎賓館の横を通る御所トンネル
- 外堀の真下に存在する地下鉄の施設・留置線
【大復習スペシャル】西神田(堀留)、雉橋

「の」の字型に流れる、外堀の出発地点です。ブラタモリは船で石垣を確認します。田、中、卍などの刻印のある石垣がありました。前田家の石垣です。
外堀の石垣は加賀藩など60家が、分担して約3か月で作り上げました。
【大復習スペシャル】(ここから後編)神田川は伊達政宗が掘った?船から御茶ノ水を見上げて「仙台堀」の謎に迫る!


ブラタモリ江戸城編の後編は、タモリさんが船や2階建てバスに乗って、外堀を中心に東京に残る江戸城の痕跡をめぐり、徳川の「町づくり」「国づくり」の秘密を解き明かします。


ブラタモリは、浅草橋付近から反時計回りに、外堀の一部となる神田川を進みます。
秋葉原には、水運と鉄道を結ぶ貨物駅がありました。ブラタモリは万世橋をくぐります。続いて、現在はカフェとなっている旧万世橋駅は、かつての中央線の始点で東京の中心だった駅です。

続いて聖橋付近です。総武線をくぐると、聖橋の手前に地下鉄丸ノ内線が見えます。なぜ丸の内線が地上に出てくるのでしょうか?

丸の内線は、神田川付近だけ地上に出ています。

つぎにお茶の水橋をくぐります。お茶の水橋は、万世橋に比べると相当な高さがあります。お茶の水橋は台地にあたるためです。江戸幕府は、高い台地を東西に掘り抜いたのです。
そのため台地の地下を走っていた丸の内線が、神田川付近だけ地上に出てくるのです。

もともとつながっていた台地を、高さ20m、長さ50mに渡り、東西に堀り抜いた光景は美しく、浮世絵にもよく取り上げられました。なぜこのような大工事を行ったのでしょうか?
このように外堀を深く掘り抜いたのは、北からの敵への防衛のためです。外堀の内側には、主要な藩士を住まわせ、駿河台と呼ばれました。

秋葉原駅近くの和泉橋から、飯田橋駅近くの牛込橋の間の神田川は、その開削工事を仙台藩が行ったことから、かつて「仙台堀」と呼ばれていました。
伊達政宗は、ある意味「自分が江戸城を攻めないように、深い堀を掘った?」とも言えます。ブラタモリ仙台編では、伊達政宗が、高い台地への用水建設のエキスパートであることが、紹介されています。

伊達政宗は、日比谷入江埋め立てで氾濫が増えてきた平川のつけ替えも担当し、江戸の街を守った功績があります。
外堀を掘るために台地を切り崩していたとき、水が湧き出し、その水を徳川家光のお茶をたてる水として献上したことから、お茶の水の地名が生まれました。
城づくりと国づくりの一石二鳥?徳川が大名に行わせた工事とは!?


水道橋駅の西側から南下し、平川につながる水路は、明治時代に新たに掘られたもの。ブラタモリはその水路を通り、のの字型に流れる外堀の出発点(雉橋)に向かいます。石垣がかなり残されています。
雉橋(地図)周辺には、1636年3代将軍・徳川家光の石垣がほぼ残存している場所もあります。石垣の角を強くする、算木積みも見られます。
さらに船を進めると、丸みがある石垣が見られたり、大きめの石垣を整然と積んだ場所もあります。大き目の石垣には、田・中の字の下に〇・卍などの刻印が見られます。これはブラタモリ金沢で紹介された、加賀藩の石垣にも登場しています。
江戸城の外堀は、加賀藩など、60もの藩がその工事に参画しています。1班が100万石となるように、諸大名が組み合わされました。ブラタモリ金沢で紹介されたように、加賀藩は、当時は100万石を超えるため約1割もの工事を担当しました。(天下普請)
現在の首都高速道路は、土地がなかったため外堀の上に数多く作られました。外堀は現代の東京の都市機能ともつながってくるのです。
徳川御三家の敷地がランドマークに


ブラタモリは、2階建てバスに乗り換え、外堀通りを通り、東京ドーム周辺を訪ねます。ここは、徳川御三家である水戸藩が構えていた場所です。
水戸藩は、江戸に常駐して守りに徹しました。このため水戸黄門のストーリーは、架空のものとなるようです。江戸常駐で予算がなかった水戸藩は、城に欠かせないあるものを省略しています。

水戸藩のほか、尾張・紀州藩も外堀に配置されました(御三家)。中山道、甲州街道、大山街道が、江戸に入ってくる場所です。
御三家の屋敷跡は、現在は、東京ドーム、防衛省、迎賓館赤坂離宮などとして利用されています。また現在の東京の環状道路は、外堀沿いなど、江戸城を囲むように建設されています。ここでも、江戸城の建設が現代の東京につながっています。

ブラタモリは、東京駅前の前編・出発地点へ戻ります。
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😎マークは、現地取材済みです。


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