【ブラタモリ東京湾】全ルートをまとめ|タモリさんが第二海堡を訪ねる#202 | とらべるじゃーな!|関東圏旅行ブログ

【ブラタモリ東京湾】全ルートをまとめ|タモリさんが第二海堡を訪ねる#202

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NHK番組・ブラタモリ東京湾編で、タモリさんが、東京湾がどのようにできたのかを探ります。このページでは、ブラタモリ東京湾編のルート(富津岬、第二海堡など)、内容、関連情報をくわしくご紹介します。(再放送・見逃し情報はこちら

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浅草は海の玄関口だった!?隅田川を舟で下って海岸線の変遷をたどる|ブラタモリ東京湾

東京湾 東京タワー
東京都心から東京湾
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ブラタモリ東京湾編のテーマは、海の玄関口・東京湾 原点は川にあり?です。

東京の中心部から、東京湾は目と鼻の先。首都と海の玄関口が近い都市は、世界でもまれな存在です。例えば、パリとル・アーブル港は200kmも離れています。
関連 ブラタモリ パリ編

内容は後半に続きます。

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ブラタモリ
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隅田川 スカイツリー
写真の船舶は上り船
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ブラタモリは、スカイツリーのある浅草から、隅田川を下ります。

浅草は、古代から中世にかけ、海の玄関口でした。(江戸時代の浮世絵を見ても)葦が茂り、湿地帯が広がっていました。当時の湾の最北端にあり、海の玄関口だったのです。

両国橋から都心側

ブラタモリは、さらに隅田川を下ります。両国橋付近(JR中央線が横切る付近)から、西の都心側を見た様子です。

隅田川に合流する、(現在の)日本橋川は、日本橋と海の玄関を結ぶとくに重要な川となっていました。江戸には流路が張り巡らされ、江戸全体が港の機能を果たしていたのです。

永代橋

永代橋(地下鉄東西線が横切る付近)を東京湾へ下ります。

ブラタモリの船は、永代橋のすぐ南、佃島に到着します。江戸時代になると、佃島に玄関口は移ります。佃煮の名前の原点であり、いまでも佃煮屋が多く残っています。

ブラタモリの船は、隅田川から東京湾に出ます。レインボーブリッジをくぐるとお台場が見えてきます。お台場とは、幕末に外国船の侵入を防ぐために作られた砲台です。

ブラタモリ
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6基の台場がわずか1年4か月で完成したのは、なぜだったのでしょうか?

浅い場所を活用したからです。お台場は、江戸時代に広がっていた、遠浅の広い干潟の先端に作られていたのです。

古い地図には、干潟のなかでも比較的水の流れが深い、澪筋みおすじが描かれています。船も通ることができます。その1つが、現在の隅田川です。東京は、澪筋を利用して、しばらくは日本を代表する港の機能を保ちましたが、船が大型化すると、横浜に海の玄関口を奪われてしまいます。

東京では、横浜側の反対もあり、河口の工事の名目で、港の機能が徐々に作られるようになります。隅田川の澪筋の底を掘り浚渫しゅんせつし、その土で、日の出など港の形を作っていったのです。

昭和16年、日の出ふ頭が原点となり、ついに東京港が完成します。

東京でブラタモリ内容
東京湾(#202)タモリさんが、東京湾がどのようにできたのかを探ります。
現地取材鉄道スペシャル(#sp)タモリさんが鉄道150年の歴史を探る。新橋の旧新橋停車場などが紹介されました。
現地取材大名屋敷(#200、201)タモリさんが東京の大名屋敷の秘密を探る。東京ミッドタウン(六本木)など、都内の大名屋敷跡が多数登場。
現地取材 江戸の水(#189)タモリさんが江戸東京博物館(両国)を訪ね、東京の水の原点である、玉川上水を紹介。羽村取水堰が中継で登場。
現地取材 NHK(#187)タモリさんが放送博物館、技研を訪ね、放送のお宝を見学し、歴史と未来を探りました。
現地取材 渋谷(#186)渋谷駅は谷間にある? タモリさんが、3つの坂をめぐり、渋谷の地形を確かめます。
現地取材 江戸城江戸城(皇居)の気づきにくい地形的な特徴などを解き明かします。
現地取材 白金(#137)江戸時代には、茶畑と別が広がるのどかな場所でした。高級住宅地の4条件がそろったのはなぜ?
現地取材 豊洲(#121)防波堤の痕跡から豊洲は海沿いの場所。戦後、日本が開発できる貴重な場所となりました。
現地取材 田園調布(#96)畑が広がる田園調布はどのように高級住宅街に? 放射線状の道には意外な目的地がありました。
現地取材 吉祥寺(#94)駅前に斜めの道はなぜ? ブラタモリは、井の頭公園の水の流れを確かめつつ過去を探ります。
現地取材 目黒(#57)目黒は江戸のリゾートだった? ブラタモリは目黒飴などをヒントに、歴史や地形を探ります。
現地取材 高尾山(#47)高尾山は、左右で森の明るさが違うようです? これがブラタモリ高尾山編の最大の謎です。
伊豆大島(#164 #165 #166)伊豆大島のアンコと椿、噴火の歴史を3回に渡り取り上げました。#165は、コロナ後ロケ復活の第1号。
現地取材 東京駅と周辺(江戸城下町)(#SP)東京駅前に江戸城の石垣が? タモリさんは来訪記念にタイルを張って帰りました。東京駅のれんがの秘密も徹底解明。
現地取材  築地(#SP)ブラタモリ第2シリーズ (2010-11年)第1回で放映されたものを、現行シリーズの予告編として、スペシャルで放映したもの。

古東京川とは?|ブラタモリ東京湾

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ブラタモリは、現在の東京港の中心、東京国際クルーズターミナルを訪ねます。

タモリさんは、東京国際クルーズターミナルで、現在と江戸時代以前の地図を比較します。

江戸時代、江戸を流れていた利根川は、現在の千葉県銚子に流れを変える工事が行われました。江戸を洪水から守るためです。

葛飾区史より

いまから約2万年前、海面低下が進み、海面は現在より120mほど低く、東京湾のほぼ全域が陸化していたと推定されています。その頃、現在の東京湾の場所には、深い谷があり、古東京川と名づけられています。

その後、海面は高くなり、約6000年前(縄文時代)が、海面の高さのピークでした。栃木県や群馬県にまで海が入っており、海は東西に分かれていました。西が現在の東京湾です。

その後海面は後退します。旧利根川が運んだ土砂の影響もあり、現在の東京湾はどんどん浅くなってゆきました。しかし、利根川の流れが東に変えられたことで、東京湾は残存し、東の湾は霞ケ浦の大きさまで縮小してしまいました。

ブラタモリ
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利根川の東遷が、東京湾に港としての機能を残したと言えます。

千葉県から東京湾に突き出た富津岬はどうできた?|ブラタモリ東京湾

富津岬 展望台
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ブラタモリは、千葉県の西端にある富津ふっつ市の富津岬を訪ねます。(地図

富津‐走水(横須賀)間のラインは、東京湾全体の玄関口と言えます。富津岬は、波を和らげる機能も持っており、北側の波の高さはおよそ半分となっています。ブラタモリは、展望台(上の写真)に上ります。

ブラタモリ
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千葉県から東京湾に突き出た富津岬は、どのようにしてできたのでしょうか?

これは、砂嘴さしと呼ばれる地形です。砂嘴は、ブラタモリ天橋立編に登場し、共通テストの地理でも出題されました。

富津の砂嘴は、どのようにしてできたのでしょうか? 

富津では、砂が溜まった浅い場所に、両側から風が吹き付け、真ん中にくぼみができました。先端がつながり、池のようなものが取り残されます。

その後、尖って、現在の姿になりました。

右上の木がない部分が、池の跡です。

さて、富津岬の先には、海底にも砂がたまり、浅い場所(おおむね黄色い線より東)があります。そこに、海堡かいほうが作られました。海堡とは、海上の砦を指し、日本では明治から大正にかけ、東京湾を守るために作られました。

東京湾を守る第二海堡に上陸!その貴重な役割とは?|ブラタモリ東京湾

第一海堡
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富津岬沖には、浅瀬を生かした、第一海堡(写真)、第二海堡があります。

第二海堡 空撮

第二海堡は、現在観光ツアー限定で上陸が可能になっています。(ツアー情報

東京湾の防衛

横須賀沖の要塞・猿島から東を望むと、第一、第二海堡が見えます。猿島の砲台から届かないエリアをカバーし、東京湾を守りました。

第二海堡 灯台

第二海堡のは、現在灯台などが置かれています。

第二海堡 公式サイト

ブラタモリは、高射砲の跡を見学します。太平洋戦争時に、用いられたものです。第二海堡には、何と土俵もあり、軍人の娯楽に用いられました。

第二海堡 公式サイト

灯台が立っていたのは、船を打つための加農カノン砲の砲台跡です。砲台は3層構造になっており、地表に射撃室、地下に砲座、機関室がありましたが、機関室を通るように、横穴が掘られていました。

第二海堡 公式サイト

この横穴は、掩蔽豪です(一般非公開)。掩蔽豪のレンガは、もともとは全て漆喰で白く塗られ、中を歩く人が認識しやすいようにしていました。

第二海堡 中央部砲塔観測台

中央部砲塔観測台です。地下の指令室や通信室と一体的に機能していたと考えられます。

第二海堡の様子は、短い動画で確認できます。

ブラタモリ東京湾編のテーマ「東京湾の原点は川にあり」は、第二海堡のそばを、大型船が通ることがヒントになります。

ブラタモリ
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なぜ富津岬の延長線上の浅い海底を、大型船が通過できるのでしょうか?

古東京川の跡です。古東京川が流れていた海底の谷(水深50m前後)が、船の航路となっていたのです!

いつでも訪ねられる軍事要塞・猿島

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東京湾の神奈川県側に浮かぶ、軍事要塞・猿島は、定期船で訪ねることができます。

猿島からは、対岸の第一、第二海堡が見えます。

猿島

風景が美しく、観光地としてもおすすめです。

猿島 船

京急線の横須賀中央駅から、バス・タクシーまたは徒歩で、船着き場に向かいます。写真は、猿島の港の様子。対岸の横須賀は、すぐそこです。

猿島 発電所

港のすぐそばには、発電所。島の頂上のサーチライト専用に作られた、石炭と水による発電所でした。煙突は敵から見えないよう低めに作られています。

猿島 遺構 電線

少し先の壁面には、電線を支えた器具の跡。

猿島 遺構 電線

地下に電線を通した形跡も残っています。

猿島 ハンドホール

地下に電線を通したか所では、マンホールならぬ、ハンドホールが残されています。マンホールは人が入る点検口ですが、ハンドホールは、手が入る点検口です。

猿島

発電所から兵舎・弾薬庫へと続く坂道には、敗戦時に、残兵を警戒したイギリス軍が撃ち込んだ、銃弾の跡が多数。よく見ると、銃弾は(低い方から)斜めに撃ち込まれています。

以下、下のボタンから。弾薬庫の内部や砲台跡も紹介しています。

東京でブラタモリ内容
東京湾(#202)タモリさんが、東京湾がどのようにできたのかを探ります。
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