【ブラタモリNHK】放送のお宝、歴史と未来、玉音放送|タモリさんが放送博物館、技研を訪ねる#187

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ブラタモリNHK編で、タモリさんが放送技術研究所と放送博物館を巡り、テレビ・ラジオ放送の歴史を紹介をしました。このページでは、ルートや内容を、独自情報も交えてくわしくご紹介します。(再放送・見逃し情報あり)

東京でブラタモリ内容
NEW スカイツリー(#217)タモリさんが立地の謎を探る
現地取材町田(#205)町田はなぜ神奈川県と間違われるか?
現地取材八王子(#204)
東京湾(#202)タモリさんが、東京湾がどのようにできたのかを探ります。
現地取材鉄道スペシャル(#sp)タモリさんが鉄道150年の歴史を探る。新橋の旧新橋停車場などが紹介されました。
現地取材大名屋敷(#200、201)タモリさんが東京の大名屋敷の秘密を探る。東京ミッドタウン(六本木)など、都内の大名屋敷跡が多数登場。
現地取材江戸の水(#189)タモリさんが江戸東京博物館(両国)を訪ね、東京の水の原点である、玉川上水を紹介。羽村取水堰が中継で登場。
現地取材 NHK(#187)タモリさんが放送博物館、技研を訪ね、放送のお宝を見学し、歴史と未来を探りました。
現地取材 渋谷(#186)渋谷駅は谷間にある? タモリさんが、3つの坂をめぐり、渋谷の地形を確かめます。
現地取材 江戸城江戸城(皇居)の気づきにくい地形的な特徴などを解き明かします。
現地取材 白金(#137)江戸時代には、茶畑と別が広がるのどかな場所でした。高級住宅地の4条件がそろったのはなぜ?
現地取材 豊洲(#121)防波堤の痕跡から豊洲は海沿いの場所。戦後、日本が開発できる貴重な場所となりました。
現地取材 田園調布(#96)畑が広がる田園調布はどのように高級住宅街に? 放射線状の道には意外な目的地がありました。
現地取材 吉祥寺(#94)駅前に斜めの道はなぜ? ブラタモリは、井の頭公園の水の流れを確かめつつ過去を探ります。
現地取材 目黒(#57)目黒は江戸のリゾートだった? ブラタモリは目黒飴などをヒントに、歴史や地形を探ります。
現地取材 高尾山(#47)高尾山は、左右で森の明るさが違うようです? これがブラタモリ高尾山編の最大の謎です。
伊豆大島(#164 #165 #166)伊豆大島のアンコと椿、噴火の歴史を3回に渡り取り上げました。#165は、コロナ後ロケ復活の第1号。
現地取材 東京駅と周辺(江戸城下町)(#SP)東京駅前に江戸城の石垣が? タモリさんは来訪記念にタイルを張って帰りました。東京駅のれんがの秘密も徹底解明。
現地取材  築地(#SP)ブラタモリ第2シリーズ (2010-11年)第1回で放映されたものを、現行シリーズの予告編として、スペシャルで放映したもの。

玉音放送関連は、「放送の歴史を変えた二・二六事件、玉音放送」に掲載。

渋谷・NHK放送センター 桑子真帆アナウンサー登場?

NHK放送センター
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ブラタモリは、渋谷にあるNHK放送センターの屋上(ヘリポート)からスタートします。神宮の緑の森越しに、高層ビルが見えるのが印象的。

桑子真帆アナウンサーが登場? 今回は、NHK(放送技術研究所、放送博物館)を歩きますので、屋上限定の案内人としての登場です。

桑子真帆アナウンサーは、現在の版の初回・ブラタモリ長崎編から担当し、ブラタモリ熊本編まで、アシスタントを務めました。

NHK放送センター

NHK放送センターは、ブラタモリ渋谷編でタモリさんが訪ねた、渋谷駅から出て台地を登る、公園通りの突き当りにあります。

NHK放送技術研究所 最新技術から未来のテレビを探る

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ブラタモリは、世田谷区にあるNHK放送技術研究所(技研)を訪ねます。NHKの新人研修に使われることもあります。

放送技術研究所は、日本で唯一、世界でも珍しい、放送技術に絞った研究所です。ハイビジョンテレビの世界規格はここで生まれました。(地図

タモリさんは、技研の地下を訪ねます。十字形に組まれた、無数の木の出っ張りに囲まれた不思議な部屋は、無反響室。手を叩くと、乾いた音だけがし、全く響かないのが印象的です。

平面の壁と異なり、グラスウォールという吸音材が壁にも天井にも敷き詰められているのです。音響機器の実験などに使用します。

ナショナルの家具調テレビ
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1970年頃のナショナルの家具調テレビです。「嵯峨」というブランド名から「パナカラー」に変更となった直後のもの。画面サイズは現在より小さいですが、奥行きは平均して40cmあり、重量も大きく、まさに備え付けの家具でした。

家具調テレビとは?

家具調テレビは、1965年、松下電器(現パナソニック)の「嵯峨」に端を発し、「歓」(シャープ)「王座」「名門」(東芝)などが続きました。東京オリンピック(1964年)や大阪万博(1970年)の時期にあたります。当時は、2台目のテレビとしての購入を促すために、優雅な家具調、スイッチを入れてすぐに見られることがPRされました。

現在の最新のテレビは、どのように変化しているのでしょうか?

シャープ公式チャンネル SHARP

NHK放送技術研究所が、シャープと共同開発した、30インチの4Kフレキシブル有機ELディスプレーです(番組では、ペラペラテレビと呼んだ)。有機ELの技術では、柔らかいプラスチックを使うことで、液晶テレビの10分の1となる、0.5mmの薄さが実現。重さも含め、家具調テレビとは、相当な差があります。

※4Kとは、ハイビジョンの4倍の画素数という意味です。
※有機ELとは、発光材料に有機物を使うという意味です(有機Electro Luminescence発光)。

画面が曲がる特性を生かし、トラム(路面電車)の運転席からの映像を流すような用途にも利用できます。タモリさんは、クルーズ船の壁に囲まれた2等客室の、窓替わりの用途を提案。新聞のように、歩きながら持ち歩くこともできそうです。

これは、将来、どのような用途で使われるのでしょうか? 

一般的なテレビでは、家庭に搬入するのが困難。10〜20年先には、一般家庭に丸めた形で運び込み、壁一面の画面も実現する見込みです。

お茶の間のテレビ
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かつてのテレビはお茶の間(居間)に1台あり、家族で囲むのが普通でした。しかし、現在は、テレビは1人で見る人も多く、NHKでも、スマートフォンでテレビが楽しめる準備を進めています。

しかし、1人で見るテレビは、味気ないもの。NHK放送技術研究所は、どのような解決を目指しているのでしょうか?

答えはロボットです(テレビ視聴ロボット)。テレビ番組の音声や画像を認識し、そこにいる人に問いかけたり、反応したりしてきます。タモリさんと一緒に、ブラタモリ江戸城を一緒に見ると、「江戸城は好きですか?」「理由を教えてもらえますか?」などと話しかけてきます。

まだ研究中ですので、「人間は好きですか?」のように、哲学的?な質問も出てきました。

東京で1番高い山 愛宕山へ|ブラタモリNHK「放送のお宝、歴史と未来」

御成門駅側から見た愛宕山
御成門駅側から見た愛宕山
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ブラタモリは、東京で1番高い山、愛宕山あたごやまを訪ねます。

愛宕山をくぐるトンネルを、神谷町駅(または虎ノ門ヒルズ駅)側から見た

写真は、愛宕山をくぐるトンネルを、神谷町駅(または虎ノ門ヒルズ駅)側から見たところです(地図)。

ヒント トンネル手前左側に参道入口がありますが、トンネルを出て信号を左に行くと、ご利益がある「出世の階段」があります。また、トンネル出た右側に、エレベーターがあります。エレベーターで昇り、出世の階段を下ってみるのもおすすめです。

愛宕神社

ブラタモリでは未紹介でしが、愛宕山には、愛宕神社があります。夕刻の訪問がおすすめです。

愛宕神社

愛宕神社です。出世の階段、エレベーターのほか、クルマでも登れます。

愛宕山の歴史

  • 1603年 徳川家康が江戸開府にあたり愛宕神社を創建
  • 1623年~1651年 徳川家光の命により、ある馬術名人が石段を馬で上り下りに成功。出世の石段の由来。
  • 1889年(明治22年) 宿泊施設を兼ねたレストラン「愛宕館」が完成。眺望を誇った。
  • 1923年 関東大震災で愛宕館が倒壊。
  • 1925年7月 東京放送局ができ、ラジオの本放送が開始。
  • 1956年 NHK放送博物館が誕生
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なぜ愛宕山あたごやまは、ラジオの本放送の場所に選ばれたのでしょうか?

空撮写真を見ると、愛宕山は、台地の先端にあることがわかります(縄文時代は、ずっと房総半島方面まで海が広がっていた場所です)。愛宕山は、標高25.7mですが、東京23区内では、自然地形の山として最高峰。かつては、東京湾や房総半島を望んだ場所です。

そのため、ラジオ電波を都内に飛ばすには、最適の場所だったのです。

愛宕神社 老猫
出世の階段

出世の階段

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遠野、諏訪、金沢、飛騨高山、宮島など、行ってみたいあの場所のビールが、現地そのままの味で楽しめます。日本酒、ワイン好きにも選ばれています。

NHK放送博物館 放送の歴史をたどる|ブラタモリNHK「放送のお宝、歴史と未来」

NHK放送博物館
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ブラタモリは、愛宕山あたごやま、愛宕神社のとなりにある、NHK放送博物館を訪ねます。最初に屋上(一般非公開)へ向かいます。

放送博物館は、1956年に開館した、テレビ放送の歴代の機材から、超大画面の8K( ハイビジョンの8倍の画素数 )シアターの視聴まで、テレビの歴史がわかる博物館です。大河ドラマなど、NHKの過去の番組も扱っています。

ヒント 大河ドラマ『青天を衝け』の舞台、血洗島をタモリさんが訪ねています(ブラタモリ深谷編)。『青天を衝け』の見逃し回を見る(青天を衝け、鬼滅の刃も見放題)。

NHK放送博物館 テレビ放送の歴代の機材

373型ダブルボタンマイク
373型ダブルボタンマイク

日本初のラジオの試験放送時、芝浦の仮放送所で使われたダブルボタンマイク。湿気に弱く、取り扱いは難しいものでした。

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ブラタモリは、鉱石ラジオ(1925年)を見学します。電源はなく、電波から電力を取り出します。小学校の先生の初任給の25円に対し30円。現在の30万円前後にあたります。音は小さく、ヘッドホンで聴きます。

鉱石ラジオは、放送博物館での撮影が禁じられているものですので、写真はこちらをご覧ください。

ジュノラ6A型 6球スーパーヘテロダインラジオ
ジュノラ6A型 6球スーパーヘテロダインラジオ

タモリさんは、次に真空管のラジオを見学します。真空管は、音を増幅する機能を持っていました。写真は、ラジオ放送初期の、最高級品のラジオ。このラジオも、ブラタモリで紹介されました。

ラジオの普及には、水泳講座など、講座番組が一役買いました。講座番組は、指折りの大家(先生)が指導しており、生の声を聞けると注目を集めました。ラジオは、夢の道具だったのです。当時ニュースは、新聞がメインで、ラジオは力を入れていなかったのです。

放送の歴史を変えた二・二六事件、玉音放送|ブラタモリNHK「放送のお宝、歴史と未来」

 「兵に告ぐ」(2月29日8時48分 ラジオ放送)226事件 放送原稿
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放送の歴史を大きく変えたのが、二・二六事件事件。戦前の1936年2月26日、陸軍の青年将校らが、1483名の兵を率いて起こしたクーデター未遂事件です。

ラジオ放送が始まって、およそ10年後に起きた事件です。なぜ「兵に告ぐ」が、放送の歴史を変えたと言えるのでしょうか?

 「兵に告ぐ」(2月29日8時48分 ラジオ放送)音声収録

敕命ちょくめいはっせられたのである。
既に天皇陛下の御命令が發せられたのである。
お前達は上官の命令を正しいものと信じて絶對服從ぜったいふくじゅうをして、誠心誠意活動してたのであろうが、お前達の上官のした行爲は間違ってゐたのである。
既に敕命天皇陛下の御命令によってお前達は皆原隊に復歸ふっきせよと仰せられたのである。
このうえお前達が飽くまでも抵抗したならば、それは敕命に反抗することとなり逆賊とならなければならない。
正しいことをしてゐると信じてゐたのに、それが間違って居ったと知ったならば、徒らに今迄の行がゝりや、義理上からいつまでも反抗的態度をとって天皇陛下にそむき奉り、逆賊としての汚名を
永久に受ける樣なことがあってはならない。
今からでも決して遲くはないから直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復歸ふっきする樣にせよ。
そうしたら今迄の罪も許されるのである。
お前達の父兄は勿論のこと、国民全体もそれを心から祈ってゐるのである。
速かに現在の位置を棄てゝかえってい。
 戒嚴司令官 香椎中將

ラジオから流れた音声は、決起した青年将校らにすぐに確実に伝わることで大きな影響を与え、歴史を動かしたのです。

玉音放送

玉音放送 原稿
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玉音放送は、1945年(昭和20)8月15日正午、昭和天皇自ら、太平洋戦争終結の決定を国民に伝えるために行った録音放送です。天皇陛下が直接ラジオで語りかけるのは、異例のことでした。

玉音放送の予告原稿(当日午前8時21分 ラジオ放送)

謹んで御つたへ致します かしこきあたりにおかせられましてはこの度詔書を渙発あらせられます。畏くも天皇陛下におかせられましては本日正午おん自ら御放送遊ばされます 洵に恐れ多き極みでございます 国民は一人殘らず謹んで玉音を拝しますように(クリカヘスコト)
停車場郵便局などにおきましては手持ち受信機を出来るだけ活用して国民もれなく厳粛なる態度でかしこき御言葉を拝し得ますよう御手配ねがひます。有難き御放送は正午でございます。(クリカヘスコト)

内容は後半に続きます。

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浜松市
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戦後には、テレビ放送が始まります。ブラタモリは、1926年に初めて「イ」の映像を映し出したテレビの原点をとなる機器を見学します。ラジオ放送開始の直後には、テレビの研究が始まっていたのです。

世界で初めてブラウン管に「イ」の文字を表示させたのは、浜松の高柳健次郎です。

関連 ブラタモリ浜松

反射型テレビ(1939年)
反射型テレビ(1939年)

テレビ放送の受信試験に使われた国産のテレビ。ブラウン管が非常に長く、上向きに縦に取りつけ、鏡で反射させる形が取られました。

NHKー1型 3イメージオルシコンカラーカメラ
NHKー1型 3イメージオルシコンカラーカメラ

1958年、カラー放送実験放送時に用いられた2台のカメラのうちの1つ。

NHKー1型 3イメージオルシコンカラーカメラ
ナショナルパナカラーTHー3300F
ナショナルパナカラーTHー3300F

1970年当時の家具調テレビ。テレビを通してみる、東京オリンピック(1964年)や大阪万博(1970年)が、大変な人気を集めました。1973年には、カラーテレビの普及率が白黒テレビを上回りました。

HDCCー4型 ハイビジョンカメラ(1980年)
HDCCー4型 ハイビジョンカメラ(1980年)

NHKが世界で始めた開発した、ハイビジョンカメラです。現代のカメラの形を彷彿ほうふつとさせます。

非公開のテレビ機器

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ブラタモリは、非公開のテレビ機器も見学しています。画面が大きく見えるという虫眼鏡式など、珍しい機器も保存されています。

白黒のテレビは、画面が丸っこいのが特徴。真空管の形です。14インチで、18万円、現在なら100万円の価値があります。テレビがなかなか持てない時代は、街頭でテレビを見るのが普通でした。また、近所のお金持ちのテレビを見せてもらうことも、よくありました。

(写真 飯田線の秘境駅に捨てられたミゼット。こちらから)

電気屋さんがミゼットで持ってきたと、タモリさんが思い出を披露したのは、初期よりは、後の時代のテレビです。さらに、チャンネル式のテレビも紹介されました。

テレビの普及をきっかけに一家団らんが始まり、大阪万博の頃には、カラーテレビが急速に普及しました。

NHK放送博物館のパンフレット

NHK放送博物館のパンフレット

NHK放送博物館(地図

日比谷線 神谷町駅下車(3番出口) 徒歩8分
銀座線 虎ノ門駅下車(1番出口) 徒歩13分
都営三田線 御成門駅下車(A5出口) 徒歩10分

開館:午前10時~午後4時30分
(入館は午後4時まで)

毎週月曜日休館(祝日除く)

NHK放送博物館より① 大好きだったNHK教育放送番組

大好きだったNHK教育放送番組17位「できるかな」(順位はgooランキング)

大好きだったNHK教育放送番組17位「できるかな」

大好きだったNHK教育放送番組17位「ひょっこりひょうたん島」

大好きだったNHK教育放送番組2位「にこにこ、ぷん(おかあさんといっしょ)」

NHK放送博物館より② 体験できる内容

人物を除き、背景を入れ替える技術を生放送で実現するスタジオです。実際に体験できます(入館後予約)。

ニューススタジオの体験もできます。写真は手元の原稿です。

手元の原稿が、鏡を使って直接映し出せます。

おなじみの、天気予報スタジオも体験ができます。

11月2日放送(セレクション)のブラタモリ吉祥寺編です。
【ブラタモリ吉祥寺】タモリ推奨の吉祥寺の歴史・地形・観光ルートまとめ #94

東京でブラタモリ内容
NEW スカイツリー(#217)タモリさんが立地の謎を探る
現地取材町田(#205)町田はなぜ神奈川県と間違われるか?
現地取材八王子(#204)
東京湾(#202)タモリさんが、東京湾がどのようにできたのかを探ります。
現地取材鉄道スペシャル(#sp)タモリさんが鉄道150年の歴史を探る。新橋の旧新橋停車場などが紹介されました。
現地取材大名屋敷(#200、201)タモリさんが東京の大名屋敷の秘密を探る。東京ミッドタウン(六本木)など、都内の大名屋敷跡が多数登場。
現地取材江戸の水(#189)タモリさんが江戸東京博物館(両国)を訪ね、東京の水の原点である、玉川上水を紹介。羽村取水堰が中継で登場。
現地取材 NHK(#187)タモリさんが放送博物館、技研を訪ね、放送のお宝を見学し、歴史と未来を探りました。
現地取材 渋谷(#186)渋谷駅は谷間にある? タモリさんが、3つの坂をめぐり、渋谷の地形を確かめます。
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現地取材 白金(#137)江戸時代には、茶畑と別が広がるのどかな場所でした。高級住宅地の4条件がそろったのはなぜ?
現地取材 豊洲(#121)防波堤の痕跡から豊洲は海沿いの場所。戦後、日本が開発できる貴重な場所となりました。
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現地取材 吉祥寺(#94)駅前に斜めの道はなぜ? ブラタモリは、井の頭公園の水の流れを確かめつつ過去を探ります。
現地取材 目黒(#57)目黒は江戸のリゾートだった? ブラタモリは目黒飴などをヒントに、歴史や地形を探ります。
現地取材 高尾山(#47)高尾山は、左右で森の明るさが違うようです? これがブラタモリ高尾山編の最大の謎です。
伊豆大島(#164 #165 #166)伊豆大島のアンコと椿、噴火の歴史を3回に渡り取り上げました。#165は、コロナ後ロケ復活の第1号。
現地取材 東京駅と周辺(江戸城下町)(#SP)東京駅前に江戸城の石垣が? タモリさんは来訪記念にタイルを張って帰りました。東京駅のれんがの秘密も徹底解明。
現地取材  築地(#SP)ブラタモリ第2シリーズ (2010-11年)第1回で放映されたものを、現行シリーズの予告編として、スペシャルで放映したもの。

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