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【ブラタモリ奥日光】奥日光の歴史・地形・観光ルートまとめ #26

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NHK番組のブラタモリ奥日光編で、タモリさん推奨の奥日光の歴史・地形を踏まえた観光ルートが紹介されました。この記事では、ブラタモリ奥日光編のルートを、アクセスなどの情報とともに紹介します。2018年11月2日に現地取材をし追記済みです。

日光東照宮などを訪ねた前編【ブラタモリ日光】日光東照宮の歴史・地形・観光ルートまとめもあわせてご活用ください!


明智平からスタート:ブラタモリ奥日光

ブラタモリは、奥日光屈指の眺望で知られる、明智平をめざします。タモリさんが大の苦手とするロープウェイに乗車。ロープウェイのバックに見えるのは、信仰の山・男体山(なんたいさん)です。

明智平展望台に到着。奥日光の2つの象徴といえる、華厳の滝、中禅寺湖を同時に眺めることができ、タモリさんも大感動!

江戸時代の中禅寺湖は、男体山をめざす山伏のみが分け入る、女人禁制の山岳信仰の聖地でした。

明治時代になって、外国人も訪れる国際的な有名観光地になりました。なぜ日光は国際的観光地・NIKKOになったのでしょうか? ブラタモリ奥日光編のテーマは、日光はなぜNikkoになったのか?です。


旅行や外出の前に、旅行まで2週間 見た目と写真写りを良くする裏ワザ!をお読みください。

日光はなぜ国際観光地NIKKOに?:ブラタモリ奥日光

ブラタモリは、いったん日光の市街地に戻ります。日光が、国際的観光地NIKKOになったきっかけが分かる場所は、390年前に建てられた1つの武家屋敷です(現在の金谷ホテル歴史館)。

  • 金谷ホテル歴史観のアクセス:日光駅、東武日光駅から中禅寺湖、湯元温泉方面路線バス。または日光東照宮から徒歩13分。

この武家屋敷は、1873年から、外国人の宿泊施設として使われました。

日光を世界に紹介したのが、日本をくまなく旅したイザベラ・バード氏。彼女は、この武家屋敷に12日も宿泊しました。イザベラ・バード氏は、国内でもほとんど脚光をあびていなかった、男体山や中禅寺湖など奥日光も紹介しました。

Letter 8 (about Nikko)

I have been at Nikko for nine days, and am therefore entitled to use the word “Kek’ko!”
Nikko means “sunny splendour,” and its beauties are celebrated in poetry and art all over Japan.

(日本語訳)

日本から母国への手紙 8通目~日光のこと~

日光に来て9日が経ちましたので、私にもこの言葉を発する資格ができたかもしれません。(日光を見ずして結構と言うなかれを踏まえて)「結構!」と。日光とは、日本語では陽光の輝きを意味します。この場所の美しさは詩や絵画になり、日本中で素晴らしいと言われています!

(参考)金谷ホテルは、日光の名門ホテルの1つです。

中禅寺湖畔の別荘:ブラタモリ奥日光

ブラタモリは、イザベラ・バード氏も登ったいろは坂を登り、中禅寺湖をめざします。

ブラタモリは、中禅寺湖の東側の湖岸をチャーター船で南下します(地図には歩くルートが示されています)。途中湖上から、フランス大使館別荘を見て、イタリア大使館別荘記念公園付近に着岸しました。

大正期の中禅寺湖畔には、大使館員用の別荘を含む、多くの外国人の別荘が建てられていました。夏には、中禅寺湖に外務省が移って来ると、観光客向けに宣伝されたほどです。

現在の中禅寺湖は、華厳の滝に近い北東の湖岸が栄えていますが、かつては男体山を眺める南東側の湖畔に人気が集まっていました。

ヨットレースの記録

イタリア大使館別荘には、1936年に行われた、外国人のヨットレースの記録が残されていました。外国人は、中禅寺湖の向こうに男体山を眺めるこの風景を、大いに気に入っていたようです。この中禅寺湖畔の外国人別荘が、奥日光繁栄の原点だったのです。

現在の中禅寺湖にもヨットを出す人はいますが(写真)、かつてより下火のようです。

(参考)中禅寺湖畔の名門ホテルは、中禅寺金谷ホテルです。紅葉期の庭園は絶景です。

中禅寺湖・華厳の滝の地形的な成り立ち:ブラタモリ奥日光

中禅寺湖は、一定規模の自然の湖としては、日本で最も高いところにあります(人造湖を除く広さ4平方キロ以上の湖が基準)。

男体山の噴火が、中禅寺湖を作ったのです。噴火による溶岩が川をせき止めて中禅寺湖が誕生しました。

華厳の滝は、中禅寺湖の湖水が地中を浸透し、噴出したものです。

華厳の滝の地形的な成り立ち:ブラタモリ奥日光

ブラタモリは、華厳の滝に移動します。男体山の噴火により生まれた中禅寺湖から落ちる華厳の滝は、日本三大名瀑(ほかは、那智の滝、袋田の滝=茨城県)です。

  • 華厳の滝のアクセス:路線バス、中禅寺温泉から徒歩すぐ。

中禅寺湖から滝の噴出地点まで、湖の水は柔らかい男体山の火山岩のなかを移動します。そのため、徐々に浸食が起き、軽石の部分が崩れて後退しています(現時点で約800m後退)。

竜頭の滝:ブラタモリ奥日光

奥日光には、華厳の滝以外にも、竜頭の滝があります。横に流れるナメ滝型に分類され、全長は210mもあります。写真は、下から見た竜頭の滝です。

  • 竜頭の滝へのアクセス:(下から見る場合)バス停・竜頭の滝下車すぐ。(上から見る場合)バス停・滝上下車すぐ。上下間は遊歩道があり、5分程度で歩けます。

火山岩からなる、華厳の滝付近の地層に対し、竜頭の滝付近はさらに柔らかい火砕流が固まったもの。そのため、非常に削れやすく、ナメ滝型の滝になったのです。

  • 華厳の滝:やや崩れやすい火山岩の地中を通るため、地盤が崩れ、中禅寺湖の方向への後退が見られる。
  • 竜頭の滝:火山灰や軽石を含む、非常に崩れやすい火砕流が固まってできた場所のため、川のように横に流れる、ナメ滝型の滝の形成が見られる。

横から見た竜頭の滝

上から見た竜頭の滝

上から見た竜頭の滝です。中禅寺湖が見えます。

  • [①湯元温泉]ー湯の湖 ー(湯滝) ー[①戦場ヶ原]ー(竜頭の滝)ー ②中禅寺湖 ー(華厳の滝)-③日光市街

日光の地形は3段構えとなっており、竜頭の滝は、1番上の湯元温泉、戦場ヶ原の一帯と、中禅寺湖の一帯を結ぶ場所となります。

戦場ヶ原の地形的な成り立ち:ブラタモリ奥日光

ブラタモリは、奥日光の戦場ヶ原に移動します。

戦場ヶ原は、男体山の噴火による火砕流でならされた土地です。火砕流が流れこむ前は湖でしたが、(中禅寺湖を作った噴火より後に起きた)男体山の噴火で湖は埋められ、平原に変わりました。このとき中禅寺湖は、尾根に阻まれ無事でした。


湯元温泉:ブラタモリ奥日光

ブラタモリは、外国人にも人気があった奥日光湯元温泉を訪ねます。

  • 湯元温泉のアクセス:JR日光駅、東武日光駅から路線バス、湯元温泉行終点。

ブラタモリは、硫黄のにおいが立ち込める足湯(夕方まで営業)につかったあと、湯畑を訪ねています。

(参考)湯元温泉では、現地で見て回った様子から、湯守釜屋旅館または湯元板屋がおすすめです。

湯元温泉近くの湯元湖は絶景です! ブラタモリ未紹介ですが、姉妹サイトに掲載しました。

ブラタモリ日光編の前半はこちらにあります。現地取材済みです。

旅行まで2週間 見た目と写真写りを良くする裏ワザ!

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