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【平泉観光】ブラタモリおすすめスポットのまとめ~歴史・地形・穴場~#56

2017/07/09

NHK番組のブラタモリで、平泉の歴史や地形を踏まえた穴場観光スポットが紹介されました。旅行の備忘録や教養のためにぜひご利用ください。この記事では、紹介地へのアクセスや関連情報を扱っています。

#56 平泉 ~黄金の都・平泉はなぜ栄えた?~

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黄金の郷・平泉の世界遺産とは/ブラタモリ平泉

平泉は、古くからの地名です。仙台と盛岡のほぼ中間地点にある、平泉町の中心部を指し、JR東北線の平泉駅があります。

平泉の世界遺産は、5つの構成要素から成ります。

平泉の世界遺産

  • 中尊寺 … 金色堂を含む
  • 毛越寺(もうつうじ)
  • 旧観自在王院庭園(観自在王院跡)
  • 無量光院跡
  • 金鶏山(きんけいざん)

中尊寺/ブラタモリ平泉

平泉 中尊寺

ブラタモリは、中尊寺からスタートしました。

  • 中尊寺:JR平泉駅から徒歩25分(駅構内にレンタサイクルあり)

テーマは、黄金の都・平泉は、なぜ栄えたのか。ブラタモリは、中尊寺境内を、以下の順に回りました。

  1. 中尊寺本堂(写真)
  2. 金色堂
  3. 白山神社そばの「かんざん亭」

中尊寺金色堂は、贅を尽くされた「金」だけでなく、象牙やバラの香りがする紫檀(=ローズウッド)も大きな特徴です。象牙や紫檀(したん)の存在から、平泉と海外の結びつきが深いことが分かります。かつて、主に地中海世界と中国を結び、日本では奈良の正倉院が東の終点とされるのがシルクロード(絹の道)です。平泉は、シルクロードの隠れた終点と呼ばれていると、タモリさんは指摘しました。

写真:中尊寺は、古代種のハスが有名

平泉を日本史的に見ると、奥州藤原氏の拠点であり、その繁栄の象徴となります。藤原氏には、平安期の貴族のイメージが強いですが、奥州藤原氏の活躍は、武士の起こりがあった平安時代後期にあたるため、武将の分類となります。

奥州藤原氏は、藤原清衡(きよひら)から4(3)代に渡り、100年余り隆盛を極めました。肉親を戦いでなくすことが相次いだ、藤原清衡の浄土思想は代々受け継がれ、優れた文化遺産を生むことにつながります。4代に代替わりした時点で、鎌倉幕府に滅ぼされたため、3代と数えることもあります。

奥州藤原氏は、福島以北、現在の東北地方を手中に収め大きな権力を握りました。そして、平泉産の「金」と結びつき、世界遺産と認められる文化を形成してゆきます。

平泉(中尊寺)の独特な立地/ブラタモリ平泉

平泉 中尊寺 かんざん亭

出典:子連れで世界遺産【平泉-中尊寺・金色堂】

ブラタモリは、中尊寺金色堂見学のあと、白山神社そばのかんざん亭に移動し、中尊寺の立地を確かめます。中尊寺は、崖の上に立地し、1キロの長さのへりを形成。中央政府(大和朝廷)と地域の豪族が支配権を争った「国境」付近に位置します。藤原清衡は陣地の中央に拠点を設けることをせず、あえて中央政府とにらみ合う、国境付近に居を構えたのです。

中尊寺本堂から徒歩約7分、未舗装の道路を入った場所に、平泉の「水」の謎を解く鍵があります。

  • 下の地図:●印 水が湧く地層が分かる場所(中尊寺近く)

平泉は、世界遺産の構成要素でもある毛越寺に見られるように、豊かな水の存在も繁栄の理由です。地図に●印で示した場所に、ブラタモリ一行は訪れます。そこには、不思議な、ねじ曲がった地層があります。

この付近はもともとは平らな地層で、難透水層と透水層が重なり合っていました。

ある時期に、断層が生じます。地表近くの、柔らかい地層は、ねじ曲がり、風雨で上部が削り取られ、地層の断面が地表に表出したのです。難透水層は主に泥岩、透水層は主に砂からできています。タモリさんが、表出した透水層をロック・ハンマーで叩くと、簡単に崩れました。

この平泉の地層では、雨の相当量が透水層に浸透し、地層の切れ目で、大量の湧き水をもたらします。その湧き水が、毛越寺の池など、平泉の豊かな水を育んでいたのです。

ブラタモリ平泉のマップ

ブラタモリ平泉の主要ルートをたどるには、以下の場所がおすすめです。ブラタモリでは、1〜5の順に回りましたが、回りやすい順番で良いでしょう。

  1.  中尊寺(本堂、金色堂、かんざん亭)
  2.  北上川(柳之御所遺跡、北上川)
  3.  猊鼻渓(げいびけい、タモリさんが砂金を取った舟下り)
  4. ● 毛越寺(世界遺産)
  5.  無量光院跡

余裕があれば以下を回ります。

● 水が湧く地層が分かる場所(中尊寺近く)

北上川の東西の地形が平泉繁栄のカギ?/ブラタモリ平泉

ブラタモリは、柳之御所遺跡を訪ねます。藤原清衡の居所であり、のちに庁舎として整備されました。北上川を間近に見る立地です。

  • 柳之御所遺跡:平泉駅の北東、徒歩約10分

屋外に平安期のトイレの遺構が残っています。タモリさんによれば、当時のトイレには紙がなく、ヘラを使っていたとのこと。身体の構造上、汚れが残りにくいようになっていることを、身振り手振りで力説されました。

続いて、ブラタモリは北上川の岸に出ます。奥州藤原氏は、北上川の水運を用い、交易を進めていました。北は蝦夷地、南は海路を挟み、はるか宋の国との公益の接点となった場所です。

そしてこの北上川は、地形的にも平泉の繁栄を説明する、重要な境界線となっています。どういうことでしょうか?

北上山地へ/ブラタモリ平泉

ブラタモリは、三陸海岸へ抜けるJR大船渡線沿いで、北上山地の地層猊鼻渓(げいびけい)周辺を訪ねます。大船渡線は、政治路線としても有名です。本来は、猊鼻渓付近を通らないルートが、三陸への最短距離ですが、戦前、憲政会の影響で遠回りしています。

  • 北上山地の地層を見学(非公開):柴宿駅(猊鼻渓駅のとなり)の北北西1.5km

タモリさんは、化石の発掘に挑戦しました。シャミセンガイの祖先などの腕足類や、アンモナイトも出土している場所です(一般非公開)。

これらは、3億年以上前、デボン紀のものです。北上川の東側は、実に1〜5億年前の古い地質なのです。これほど古い地質が広く表出しているのは、日本では、平泉の東側、北上山地付近に限られます。ここから、平泉の繁栄の象徴と言える、金が出土します。

猊鼻渓の舟下り/ブラタモリ平泉

猊鼻渓は、平泉への観光客の多くが訪ねる名所です。北上川の支流である砂鉄川には、北上山地から砂金が流れています。同時に、砂鉄も大量に取ることができ、南部鉄器の成り立ちにも関連があります。

ブラタモリは、猊鼻渓の舟下りをしながら、周囲の地形を観察します。すると花崗岩が大変目立つことがわかります。猊鼻渓周辺は、日本有数の花崗岩地帯なのです。花崗岩は、金を含み、約5000mの深さからゆっくりと隆起し地上に露出します。その後風化すると砂金となり、特別な掘削技術がなくても金を掘ることができます。

※砂金取りは、一般には許可されていません。

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北上山地が、1〜5億年前の古い地層であるのに対し、ブラタモリ佐渡編では、佐渡島の地層は約3000万年前のものであると、説明されています。江戸初期になり、ようやく金の掘削が進み、昭和初期の技術革新で、金の掘削量が大幅に増えた経緯が紹介されました。

平安後期の技術で、平泉の金が採掘できたのは、地層に理由があったのです。

毛越寺へ/ブラタモリ平泉

毛越寺

ブラタモリは、猊鼻渓を訪ねた後、平泉駅付近に戻り、毛越寺(もうつうじ)を訪ねます。毛越寺は、大きな池が印象深い、世界遺産です。

毛越寺は、大火により焼失し荒廃していたところ、奥州藤原氏2〜3代にかけて再興されました。当時は池に橋がかかっており、吾朝無双(我が国に並ぶものがない)と評判になった浄土庭園でした。

池の水は、全て湧き水です。中尊寺近くで見学した、端が露出した透水層が、水道管のような働きをして、水を運んできます。

世界遺産・無量光院跡/ブラタモリ平泉

ブラタモリは、無量光院跡を訪ねます(地図:印)。

無量光院跡は、奥州藤原氏3代秀衡が、平等院を模して建てた寺院です。大火で焼失しました。お堂の背後の金鶏山に、夕日が沈む姿は、極楽浄土の世界を表現しようとしたものでした。奥州藤原氏、代々による、争いのない平和な世界への祈念が感じられます。

(まとめ)【平泉観光】ブラタモリおすすめスポット

黄金の都・平泉は、なぜ栄えたのでしょうか?

  • 北上川の東に、1〜5億年前の古い地層が存在し、砂金の形で金を得ることができた。
  • 北上川が、南は宋、北は蝦夷地との水運の役割を果たした。
  • 断層による砂質の透水層の露出により、天然の水道管を得ており、水の心配がなかった。

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