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【ブラタモリ小田原】タモリ推奨の小田原の歴史・地形・観光ルートまとめ #28

2018/01/20

NHK番組のブラタモリ小田原編で、タモリさん推奨の小田原の歴史・地形を踏まえた観光ルートが紹介されました。この記事では、ブラタモリ小田原編のルートを、アクセスなどの情報とともに紹介します。

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小田原城とは?

小田原城

室町時代に原点を持つ小田原城は、戦国時代に北条氏が関東の拠点とし整備しました。上杉謙信、武田信玄ら、名だたる武将の攻めを避け難攻不落と恐れられた小田原城は、1590年ついに豊臣秀吉に敗れます。その後1度破却されましたが再建され、西方からの、関東の防衛に当たりました。明治期に廃城となり関東大震災で全壊。昭和35年に天守閣が再現されました。

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かまぼこと小田原用水の深い関係:ブラタモリ小田原

ブラタモリ小田原編のテーマは、江戸の原点は小田原にあり?です。

ブラタモリは、小田原の南西を流れる早川を訪ねます。早川のほとりには、戦国時代に作られた、小田原用水の痕跡が見られます。これは、日本最古の水道とも言われています(箱根登山線箱根板橋駅近く、国道1号線上板橋信号付近)。

周辺は板橋と呼ばれ、石工技術が徳川家康から賞賛され江戸城の石垣作りに参加した、石屋善左衛門の住まいがありました。いずれも小田原が、江戸の町づくりに影響を与えた痕跡となります。

地図はこちらから

ブラタモリは、小田原駅の南東(徒歩約15分)にある山上蒲鉾店を訪ねます。山上蒲鉾店では、御影石の石臼を使い、人の手で感触を確かめながら、かまぼこ用のすり身を製造しています。昔はつけ包丁を使い、手作業でかまぼこ板に成形をしていました。タモリさんも、かまぼこ作りに挑戦します。

関連記事:天皇家御用達 小田原かまぼこ博物館がリニューアルオープン!(姉妹サイト)

小田原のかまぼこ店では、もともと地下水を使用していました。地下水は、海のミネラル分を含む、塩辛いものであったと考えられ、そこに上水の必要が生じたのです。小田原用水の例にならい、江戸でも地下水が飲用に適さないことが予期され、早くから上水(神田上水など)を引く必要性が気づかれていました。用水の確保という点でも、江戸の原点は小田原にありと言えるでしょう。

江戸の上水の起点は吉祥寺:【ブラタモリ吉祥寺】歴史・地形・観光ルートまとめ #94

難攻不落の小田原城:ブラタモリ小田原

現在小田原市の人口は、神奈川県内で10番目ですが、戦国時代に北条氏が入城した時期には240万石、信濃まで支配下に置く、関東最大の町でした。

その中心に位置する難攻不落の小田原城は、豊臣秀吉といえども、全国統一の最終段階まで攻め落とすことはできませんでした。この鉄壁の守りの秘密はどこにあったのでしょうか?

ブラタモリは、小田原駅の東、肉の石黒付近を訪ねます(小田原駅から徒歩約10分)。暗渠(地下水路)が、なぜか2本並行しています。

写真は、上の地図の濃い青色の方です。暗渠が2本並行しているのは、なぜだったのでしょうか?

これは、小田原城の堀の名残です。現在の暗渠の位置が、堀の両岸であったのです。いかに堀の幅が広いものだったかが、体感できます。

ブラタモリは、暗渠がある肉の石黒付近の南東、新玉小学校東を訪ねます。付近には、土塁の跡があります。なぜ城からかなり離れた場所に、堀や土塁があったのでしょうか?

小田原城 総構え

出典:小田原市HP(最後に動画リンクがあります)

これは、総構(そうがまえ)と言われます。通常の城の守りの常識を超え、城下町を丸ごと包囲する大がかりなものでした。

ブラタモリは、小田原城天守閣裏のこども遊園地を訪ねます。遊園地にある崖は、東京軽石層と呼ばれ、約6万年前の箱根火山の噴火によるものです。

関連記事:【ブラタモリ箱根】歴史・地形・観光ルートまとめ #71 72

約6万年前の箱根火山の噴火は、規模が大変大きく、火砕流は三浦半島にまで到達しました。火砕流の堆積により、小田原城の北部に入り組んだ尾根が形成されました。小田原城の北部は、この尾根や谷の地形を利用し、総構が作られていたのです。

ブラタモリは、小田原税務署付近(小田原駅より徒歩15分)を訪ねます。付近には、尾根を利用した総構の痕跡が残っています。

尾根の斜面を利用し、土塁~堀~土塁の構造をとっていました。

総構イメージ 作画杉山実氏

総構イメージ 作画杉山実氏

土塁に挟まれた堀の部分は、水を溜められる障子堀とされ、敵の足止めを意図していました。

以上の様な堀、土塁、あるいは尾根を利用した小田原城の総構は、江戸城の総講のヒントになっている可能性があります。その間接的な証拠として、町の東に小田原合戦における、徳川家康の陣地があったことが挙げられます。

徳川家康の陣地だった場所は、今井権現神社となっています(小田原駅から徒歩20分強)。

総構(そうがまえ)は、江戸だけでなく京都、金沢など全国に見られます。いずれも小田原の総構えの後に作られたものです。

江戸時代の小田原城内の様子です。

桑子アナ、ブラタモリ卒業し栄転へ

桑子真帆アナが、ブラタモリを3月で卒業し、新番組ニュースイレブンに移ることになりました。タモリさんとの相性がよかっただけに残念ですが、バトンを受け取る福岡放送局・近江友里恵アナに期待しましょう。

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