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ブラタモリまとめ 小田原城と周辺の歴史・地形観光スポット……2016.1.23

2016/06/06

小田原を訪ねる際に際にぜひ見ておきたい、ブラタモリ小田原編の放映内容です。小田原城の難攻不落の秘密などこれまでの小田原観光にはない新しい観点から、注目すべき見どころが紹介されました。この記事で小田原や箱根への旅行が充実したものになり、お城にも一つ詳しくなれます。

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小田原城とは?

小田原城

✔ 室町時代に原点を持つ小田原城は、戦国時代に北条氏が関東の拠点とし整備されてきました。上杉謙信、武田信玄ら名だたる武将の攻めを避け難攻不落と恐れられた小田原城は、1590年ついに豊臣秀吉に敗れます。その後一度破却されましたが再建され、西からの関東地区の防衛に当たりました。明治期に廃城となり関東大震災で全壊。昭和35年に天守閣が再現されました。

かまぼこと小田原用水の深い関係〜ブラタモリ小田原【1】~

ブラタモリのテーマ「江戸の原点は小田原にあり?」

✔ 早川のほとりには戦国時代に作られた小田原用水の痕跡が見られます。これは日本最古の水道とも言われています(箱根登山線箱根板橋駅近く、国道1号線上板橋信号付近)。付近の地名は板橋と呼ばれ、石工技術が徳川家康から賞賛され江戸城の石垣作りに参加した石屋善左衛門の住まいがあります。いずれも小田原が江戸の町づくりに影響を与えた痕跡となります。

地図はこちらから

✔ 小田原駅の南東(徒歩約15分)にある「山上蒲鉾店」を訪ねると、御影石の石臼で人の手で感触を確かめながらすり身を製造しています。昔は「つけ包丁」を使い手作業でかまぼこ板に成形をしていました。タモリさんも挑戦します。

✔ 小田原のかまぼこ店では、旧来から地下水を使用していました。地下水は海のミネラル分を含む塩辛いものであったと考えられ、そこに上水の必要が生じたのです。小田原用水の例に倣い、江戸でも地下水が飲用に適さないことが予期され、早くから上水(神田上水など)を引く必要性が気づかれていました。用水の確保という点でも「江戸の原点は小田原にあり」と言えるでしょう。

難攻不落の小田原城~ブラタモリ小田原【2】~

✔ 現在小田原市の人口は神奈川県内で10番目ですが、戦国時代に北条氏が入城した時期には240万石、信濃まで支配下に置く関東最大の町でした。その中心に位置する難攻不落の小田原城は、豊臣秀吉といえども全国統一の最終段階まで攻め落とすことはできませんでした。この鉄壁の守りの秘密はどこにあったのでしょうか?

✔ 小田原駅の東、現在の「肉の石黒」付近(小田原駅から徒歩約10分)。暗渠(地下水路)が何故か2本並行しています。

✔ 上の地図の濃い青色の方です。暗渠が2本並行しているのはなぜだったのでしょうか?

✔ これは小田原城の堀の名残です。現在の暗渠の位置が堀の両岸であったのです。いかに堀の幅が広いものだったかが体感できます。

✔ 暗渠がある肉の石黒付近の南東、新玉小学校東には土塁の跡があります。なぜ城からかなり離れた場所に堀や土塁があったのでしょうか?

小田原城 総構え

出典:小田原市HP(最後に動画リンクがあります)

✔ これは「総構(そうがまえ)」と言われます。通常の城の守りの常識を超え、城下町を丸ごと包囲する大がかりなものでした。

✔ 一方、小田原城天守閣裏のこども遊園地にある崖は東京軽石層と呼ばれ6万年前の箱根火山の噴火によるものです。この噴火は規模が大変大きく火砕流は三浦半島にまで到達しました。火砕流の堆積により小田原城の北部に入り組んだ尾根を形成しました。小田原城の北部はこの尾根や谷の地形を利用し総構が形成されていたのです。

✔ 小田原税務署付近(小田原駅より徒歩15分)に尾根を利用した総構の痕跡が残っています。

✔ 尾根の斜面を利用し、土塁~堀~土塁の構造をとっていました。

総構イメージ 作画杉山実氏

総構イメージ 作画杉山実氏

✔ 土塁に挟まれた堀の部分は水を溜められる「障子堀」とし敵の足止めを企図していました。

✔ 以上の様な堀、土塁、あるいは尾根を利用した小田原城の総構は、江戸城の総講のヒントになっている可能性があります。その間接的な証拠として、町の東に「小田原合戦」における徳川家康の陣地があったことが挙げられます。

✔ 徳川家康の陣地だった場所は「今井権現神社」となっています(小田原駅から徒歩20分強)。

✔ 総構(そうがまえ)は、江戸だけでなく京都、金沢など全国に見られます。いずれも小田原の総構えの後に作られたものです。

「江戸の原点は小田原にあり?」
・小田原用水が江戸の用水の計画に参考にされた可能性がある。
・小田原の石工、石屋善左衛門は江戸城の石垣作りに参加したと言われる。
江戸城の石垣の見学 → ブラタモリ発掘 東京駅と周辺の歴史散歩……2015.07.20
・小田原城の総構は江戸城はじめ全国に普及している。

 

✔ 江戸時代の小田原城内の様子です。

※service-news.tokyo(トラベルジャーナ)は現地取材を中心としていますが、この記事にはキュレーションの手法を用いています。ご容赦ください。地名等の誤りがあればご指摘ください。

桑子アナ、ブラタモリ卒業し栄転へ

画像出典:NHKブラタモリ1月16日(19時30分~21時15分)

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