ブラタモリのまとめ

【熱海】ブラタモリおすすめの歴史&地形観光スポット……2016.1.16

2016/08/07

ブラタモリ熱海編で放映された歴史&地形観光スポットのまとめです。これまでの熱海観光にはない新しい観点から、注目すべき見どころが紹介されました。

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※現地取材を行い情報・写真を増強しました。

ブラタモリとヨルタモリ(Facebook)

ブラタモリ紹介のスポットは湯〜遊〜バスで回ることができます

錦ヶ浦 熱海

✔ 熱海は坂が多いためバスやクルマの利用がおすすめです。熱海駅経由して市内をぐるりと回る湯〜遊〜バスが30分に1本程度運転されており大変便利です(土日祝日は最短15分間隔)。

✔ ブラタモリおすすめのスポットで絶対に回るべきところは錦ヶ浦(=写真)です。観光客の人気を集めるサンビーチとは比較にならないほどの絶景であり、かつ熱海の地形的な成り立ちがわかる貴重な場所です。ホテルニューアカオが管理しているためか、観光地ランキングから漏れる傾向があるようです。

✔ 次点は建物、歴史、海の景色が揃う旧日向別邸です。熱海駅から急な登りですが徒歩で訪ねることができます。鉄道に興味があれば丹那神社、平安時代から続く熱海の歴史に興味があれば大湯間欠泉跡もおすすめです。文学派はお宮の松。

※丹那神社はJR来宮駅そば、大湯間欠泉とお宮の松は湯〜遊〜バスまたは乗り合いバスのバス停そばです。

錦ヶ浦  温泉地熱海はどのようにできたのか?

✔ 錦ヶ浦は景勝地ですが、ホテルニューアカオが所有しています。タモリさん一行は海沿いに建つホテルニューアカオの大浴場を訪ねます。不思議なことに温泉のお湯で石鹸を泡立てることができません。なぜなのでしょうか?

✔ 石鹸が泡立たないのは、塩分やカルシウムを含んでいることによります。熱海の温泉には「海」が関係しているようです。このあとタモリさんはホテルニューアカオのレストランや敷地内から海食崖や海蝕洞(奇岩)を観察しました。

ニューアカオ

✔ 現地取材をするとホテルニューアカオのレストランや敷地内こだわらなくても海食崖や海蝕洞(奇岩)を十分以上に観察できることがわかります。

海食崖(かいしょくがい)… 陸地が海へ突き出た部分が、波の浸食で切り立った崖になったもの。

海蝕(食)洞 … 海食崖に波の浸食で空いた穴。

熱海

✔ ホテルニューアカオの正門から少し離れた場所に、一般の人も敷地内を見学できる場所があります。海食洞のすぐそばは宿泊客のみの立ち入りとなりますが、足がすくむような絶景を見ることができます。タモリさんが高所恐怖症であることや取材時間の都合でホテル内で済ませたのかも知れません。

✔ タモリさんが奇岩の近くまで行き岩を観察すると「溶岩」であることがわかります。正確には「水冷破砕溶岩」と呼ばれ、海底火山の溶岩流が海水で急速に冷やされ、熱やひずみで砕け散ったものです。

✔ 熱海付近にはかつて多賀火山がありその火口の一つが海底にあったのです。その熱で海から陸にかけての水が温められ噴出したことで熱海に温泉が湧きました。そのため熱海の温泉は塩分を含みます。

熱海温泉成り立ち

✔ ブラタモリでは紹介されませんでしたが、ホテルニューアカオの敷地内には熱海温泉の成り立ちを神話形式で教える石碑があります。

 ホテルニューアカオ正門  錦ヶ浦一般見学入り口  湯~遊~バス 錦ヶ浦バス停

貫一とお宮の像(お宮の松)は熱海の地形を知っている

貫一とお宮

✔ 熱海の名所のひとつが寛一とお宮の像。尾崎紅葉の「金色夜叉」の一場面です。

家の意向で大富豪に嫁ぐお宮。婚約者だった寛一は、熱海の海岸でお宮を蹴り飛ばすほど激怒します。余りの悔しさに「来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」と言います。

熱海

✔ お宮と寛一の像の裏の海岸に出ると、熱海が三方を山に囲まれた地形であることがよく分かります。熱海海岸は東向きのため夕景は期待できず、昼間か夜景がおすすめです。

✔ 熱海海岸の砂浜は本来は黒い砂です。現在の美しい白い砂は房総から運んだものです。

時間がない場合は

✔ お宮の松や熱海海岸に寄る時間がない場合、熱海駅から錦ヶ浦へのバス(湯〜遊〜バス)車窓から見学することができます。

image

✔ バス車窓からのお宮の松の撮影は少し難しいですが撮れなくはありません。

もとの温泉街の面影を感じながら歩く(大湯間欠泉跡)

✔ 熱海の温泉としての歴史は大変古く、例えば江戸時代後期の温泉番付である「諸国温泉功能鑑」では別格として行司扱いされています。人気の原点となったのが徳川家康。幕府を開いた翌年、1週間熱海で湯治し他の武将にも勧めたとされます。

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豆州熱海絵図という古地図

✔ 現存する最古の熱海の地図が「豆州熱海絵図」です(1681年)。絵図に描かれているのは大湯と呼ばれる元湯を中心とした温泉街です。当時は湯戸と呼ばれる湯治宿が27戸ありました。湯戸は、湯株と呼ばれる温泉の利用権を持った特権階級でした。大湯を中心とした温泉集落は遅くとも平安末期までには成立していたと思われます。

✔ 温泉集落に近づく部分は下り坂となり、町の中心部は平らになっています。これは周辺が扇状地として成立したことを示しています

✔ タモリさん一行は豆州熱海絵図において温泉街の中心を貫く本町通りを歩き大湯間欠泉跡に向かいます。現在はニューフジヤホテルなど大型のホテルが立ち並びます。

大湯間欠泉

✔ 大湯間欠泉は大正末期に枯れてしまい、現在はポンプでくみ上げ間欠泉を再現しています。間欠(歇)泉とは、一定周期で水蒸気や熱湯を噴出する温泉のことを指します。

✔ 豆州熱海絵図の時代には、大湯から下る坂の周辺に湯治宿が立ち並んでいました。木管を使い自然の傾斜で湯を送っていたのです。

✔ この場所にある熱海温泉 古屋旅館は江戸時代から続いている旅館です(出典は楽天トラベル)。古屋旅館に眠っていた版木をタモリさんが刷ってみると沢庵和尚による熱海を主題にした歌が彫ってありました。旅館が宣伝に使っていたものと思われます。

熱海御用邸と別荘地

熱海

✔ 明治以降、温泉街の周辺には皇室熱海御用邸が建ち、これを起爆剤に別荘が増えました。傾斜地に建ち緑やその向こうに広がる海を見下ろす借景を持つ熱海の別荘は大変な人気を誇りました。

✔ かつての別荘のうち旧日向別邸が現存しています。写真は日向別邸を見降ろす位置にあるカオサン熱海温泉旅館&ホステルから撮影したものです。

日向別邸パンフ

✔ 熱海の海のより良い眺めを得ることを兼ね、階段状にデザインされたスペースがあります。

※見学は週末を中心とした予約制。詳細はこちら

✔ 熱海で安く泊まるあるいは外国人との交流を希望する場合はゲストハウスがおすすめです。

丹那トンネルは熱海の救世主

熱海海岸

✔ 熱海~三島間には工事の難しい山地(=写真)が横たわっているため、東海道線は熱海の手前から現在の御殿場線を回るルートで運行していました。

丹那トンネル

出典:丹那神社「丹那トンネルについて」

✔ しかし、難工事の末丹那トンネルが開通。熱海はようやく東海道本線の駅に昇格し、年間191万人の観光客を集めました。その後も観光客は増え続け年間1000万人に到達。昭和22年(1947年)頃、熱海は水不足に悩まされるようになります。

✔ このとき意外な形で貢献したのが丹那トンネルでした。芦ノ湖3つ分の水が湧いたと言われたほどの難工事でしたが、排水していた湧き水を丹那用水として利用することを決めます。運が良いことに熱海市街へ水道を供給するには、水源から市街への傾斜がちょうどよいことがわかりました。望ましい水圧を自然に調えることができたのです。

tunnelhead

✔ JR来宮駅そばの丹那神社境内脇からトンネル前に下りると、2つの4桁の数字を確認できます。それぞれ西暦1918年、西暦1934年を皇紀で示したものです。丹那トンネルが多くの犠牲者に支えられながら完成した工事期間を示しています。

✔ 東海道本線を通すことで観光地として熱海を盛況に導き、水がめともなった丹那トンネルの存在が、熱海の発展を支えてきたのです。

熱海駅近 安くて驚きの海鮮丼と立ち寄り湯を公開〜地元民が愛用〜

✔ 熱海では海鮮丼、立ち寄り湯の相場が1500円ほど。しかし500円のしっかりした海鮮丼の穴場があります。

※トラベルジャーナは現地取材を中心としています。ブラタモリ関連の記事にはやむを得ずキュレーション(まとめ)の手法を用いています。関東甲信越の範囲は順次現地取材を行っています。

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