【ブラタモリ京都伏見・全ロケ地】タモリさんが伏見城と秀吉の痕跡を探る #37

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NHK番組のブラタモリ京都・伏見編で、タモリさんが豊臣秀吉や巨椋池の痕跡を探りました。このページでは、ブラタモリ京都伏見編のロケ地やルートを紹介します。(番組公式

京都でブラタモリ内容
😎現地取材 山科(#234)
😎現地取材 東寺(#233)タモリさんが東寺を中心に、幻の西寺、いまはない羅城門を探る。
😎現地取材 大原(#207)タモリさんが、壇ノ浦の戦いで生き残った平徳子(建礼門院)が隠居し、いまは山里が広がる「大原」の魅力を探ります。
😎現地取材 鴨川(#206)テーマは、川をたどれば京都がわかる? 貴船神社、上賀茂神社、高瀬川をめぐります。
天橋立(#172)
😎現地取材 比叡山編(#143 144)比叡山は、日本の仏教の母。最澄はどのような教えを説いていたのでしょうか?
😎現地取材 京都御所編(#142)天皇の住まいだった京都御所が、なぜ今の場所にできたのかを探ります。消えた天井川に大きな関わりが?
京都西陣編(#139)織物の町・西陣はどうできたをテーマに、西陣織特有の織り方から応仁の乱の実際までを探ります。
😎現地取材 宇治編(#103)日本3大茶の1つが宇治茶。宇治川、平等院鳳凰堂の湧き水などをめぐり、その秘密を探ります。
😎現地取材 銀閣寺・東山編(#102)将軍・義政が隠居のために建てた銀閣は、引き算の美が特徴。義政のどんな思想が読み取れるのでしょうか?
😎現地取材 京都祇園編(#70)舞妓さん・芸妓さんが歩く、日本一の花街である祇園。祇園は、意外にも分業制で成り立っていました。
😎現地取材 清水寺(#69)清水寺は、はるか西の嵐山の辺りと同じ地層。なぜなのでしょうか? 崖の交差点に立つ清水の立地を探求。
😎現地取材 伏見編(#37)外国人が選ぶ観光地第1位・伏見稲荷大社の千本鳥居が有名。秀吉は伏見の2つの城に4年間居住しました。
😎現地取材 嵐山編(#36)風景写真でおなじみの渡月橋や天龍寺の紅葉は、自然と人為の力が合わさってできた絶景でした。
😎現地取材 南禅寺・御土居・新京極(#パイロット版)京都の郊外にある盛り土である御土居。応仁の乱で荒廃した京都の再興をめざした、豊臣秀吉の思いが見られます。

京都・伏見とは?|伏見稲荷神社

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ブラタモリは、伏見稲荷大社(地図)からスタート。千本鳥居で知られる、伏見稲荷大社は、外国人が選ぶ観光地第1位に選ばれたこともあります。

人気のある千本鳥居は、全国の人が奉納したものです。

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伏見区は、京都盆地の南東。京都の東に横たわる、東山連峰の最南端にあたります。古くから、山科区の一帯とのつながりも深いエリアです。

安土桃山時代(1575年~1603年)とは、戦国時代が終わり、織田信長、豊臣秀吉政権の時代を指します。「安土」は、滋賀県近江八幡市の安土城でおなじみ。一方「桃山」は桃山は、実は伏見のことを指しています。

秀吉といえば、大坂城のイメージですが、大坂は住まいであり、政治の中心は伏見。伏見は、短い期間でしたが、日本の首都だったのです。

伏見城には、秀吉亡き後、その遺言により徳川家康が城主となりました。

ブラタモリのテーマは、「伏見は日本の首都だった?」です。

伏見城跡|ブラタモリ京都・伏見

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ブラタモリは、伏見城跡を訪ねます。

伏見城は、江戸時代に徳川幕府により、役割を終え壊されてしまったはずですが、なぜ今も伏見城があるのでしょうか?

現在の「伏見城」は、伏見桃山城キャッスルランド(閉園)という遊園地シンボルとして、再建された模擬天守だったです。(Wikipedia 伏見桃山城キャッスルランド

遊園地が閉園して13年たち(初回放送の2016年が基準)、伏見城周辺は丁寧に整備されていますが、模擬天守の内部は、安全上、立ち入りができなくなっています。

許可を得たタモリさんが、暗い階段を登り、屋上から景色を見ると、伏見城がこの場所にある理由が分かります。

京都タワーなど京都盆地全体、40キロ先の大阪、さらに奈良までを見渡すことができました。当時は、大坂城も見えたと推測できます。

【ブラタモリ大阪城と真田丸】ロケ地・全ルートを写真で紹介!#54

模擬天守の門を出ると、隣接した野球場へ向かう、野球少年の姿。もともとの伏見城本丸は、写真の森の方向にありました。

現在は明治天皇陵になっています。

日本の城 改訂版 3号 (犬山城) の内容を加工

一方、再建された模擬天守は、御花畑山荘だった場所に建てられています(Wikipedia 伏見城)。地図によれば、模擬天守の北東には、巨大な堀があったはずです。

現在の野球場のさらに向こうにある、テニスコート、グラウンド辺りが、巨大な堀にあたります。堀は最大で幅150m、深さ15mとされ、江戸城桜田濠に匹敵します。

自然の地形を利用することなく、人力で作った直線の巨大な堀は、1年以内に完成させたと考えられており、秀吉が天下人としての権勢を誇ったことを示しています。

伏見では、「直線を見れば秀吉と思え」がキーワードなのです。

1594年、豊臣秀吉は、伏見城(指月伏見城)に入城しました。しかし、地震で倒壊してしまい、新たな伏見城(木幡山伏見城)が建設されます(現在の模擬天守近くの明治天皇陵に立地)。

豊臣秀吉が2つの伏見城を居城としたのは、4年間にとどまり、1598年にここ伏見城で死去し、秀吉の遺言により、徳川家康が城主となりました。

斜面に造られた伏見城の城下町|ブラタモリ京都・伏見

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ブラタモリは、伏見城から高台を下り、丹波橋駅付近を訪ねます。

タモリさんは、スーパーの敷地だった付近(地図、ハッピーテラダが閉業し建て替え中)から伏見城方向を確認。天守閣まで、登り坂が続きます。

豊臣秀吉が伏見城を建設する前、伏見は、低湿地と斜面からなる土地でした。そのため城下町は斜面に造成されました。

ブラタモリは、伏見板橋小学校のそばに移動します。

先ほどと同じ方角を見ると、丹波橋駅が見えます。もともと自然の斜面だった痕跡として、道がでこぼこしているのが特徴です。タモリさんはこの坂を登りつつ、横切る道を確認してゆきます。

横切る道。直線がずっと続くことから、タモリさんは、直線を見れば秀吉と思えのキーワードを確認しています。

横切る道。よく見ると、路面にかすかなうねり(上下でなく、左右への揺れ幅)が見られます。

秀吉はでこぼこした斜面に、無理にでもまっすぐな道を作ったのです。これは、京都の碁盤の目に倣ったとも、権勢を示すためとも言われます。

※番組では写真の道下の地図ではまん中の青い線の両替町9丁目付近のうねりを確認しています。

  • (旧ハッピーテラダ付近)からは伏見城天守閣が見えます。
  • (伏見板橋小学校付近)から、丹波橋駅方向を見ると、登り坂となっています。もとの斜面の痕跡として、道がでこぼこしています。安土桃山時代以前には、後方の低湿地から斜面が続いていました。
  • 斜面を横切る直線の道(地図■■■)が現在でも残っています。路面にかすかなうねりが見られます。

※実際に歩く場合は、丹波橋駅から西へ下り、を経て、Uターンするように伏見城へ上ると便利です。

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タモリさんは、桃山高校の正門前で「桃11」電柱標識を発見します。この地区が桃山と呼ばれていたことが分かります。

電柱の名前には、古い歴史が残っていることがあるのです。

周辺には、高い石垣によって、斜面に造成された敷地があります。

石垣が高いということは、敷地が相当広いということ。なぜ広い敷地が作られたのでしょうか?

これは大名屋敷の痕跡です。付近には「桃山町正宗」など、大名にちなんだ住所が名づけられています。かつては、全国の大名が、ここにそろっていたのです。

※タモリさんが電柱を見学した桃山高校は、関ヶ原の戦いの西軍総大将・毛利輝元の屋敷跡と考えれてています。

住所に残る大名屋敷の痕跡(主なもの)

  • 桃山町金森出雲
  • 桃山長岡越中東町
  • 桃山羽柴長吉西町
  • 桃山町永井久太郎
  • 桃山筒井伊賀東町
  • 桃山井伊掃部東町
  • 桃山町正宗
  • 桃山福島太夫南町
  • 桃山町島津
  • 桃山町板倉周防
  • 桃山町松平筑前
  • 桃山水野左近東町
  • 桃山町本多上野
  • 桃山町三河
  • 桃山町伊賀
  • 桃山町丹後

伏見城下町のようかん町|ブラタモリ京都・伏見

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ブラタモリは、桃山御陵前駅(または伏見桃山駅)近くの城下町だった場所を訪ねます。めざすはようかんの駿河屋です。

伏見は、江戸時代に、練りようかんが発祥した場所です。寒天とあんこを丁寧に1時間ほど混ぜて、型に流し込み、手作業で切って作ります。

秀吉が絶賛したのは、写真の蒸しようかん。試食すると、現在のようかんよりも素朴な味わいでした。タモリさんも試食。

しかし、日持ちがしないため、煉りようかんが開発されました。現在のようかんの原形となった、煉りようかんが生まれたのは、伏見だったのです。

もとの煉りようかんは「紅」を使っていました。現在は別の材料ですが、当時の色に近いものです。

ようかんですが、洋菓子のような風味もあり、ケーキのトッピングにもなりそうな、一歩上を行く味。側面に見える、砂糖の結晶が絶品です。

周辺には、魔よけとして、道教の神様である鍾馗しょうきを飾る家が残っています(地図、駿河屋の近くにもあったようですが、年々減っているそうです)。江戸時代末期からの近畿地方の風習で、京都にはその名残があります。

京都でブラタモリ内容
😎現地取材 山科(#234)
😎現地取材 東寺(#233)タモリさんが東寺を中心に、幻の西寺、いまはない羅城門を探る。
😎現地取材 大原(#207)タモリさんが、壇ノ浦の戦いで生き残った平徳子(建礼門院)が隠居し、いまは山里が広がる「大原」の魅力を探ります。
😎現地取材 鴨川(#206)テーマは、川をたどれば京都がわかる? 貴船神社、上賀茂神社、高瀬川をめぐります。
天橋立(#172)
😎現地取材 比叡山編(#143 144)比叡山は、日本の仏教の母。最澄はどのような教えを説いていたのでしょうか?
😎現地取材 京都御所編(#142)天皇の住まいだった京都御所が、なぜ今の場所にできたのかを探ります。消えた天井川に大きな関わりが?
京都西陣編(#139)織物の町・西陣はどうできたをテーマに、西陣織特有の織り方から応仁の乱の実際までを探ります。
😎現地取材 宇治編(#103)日本3大茶の1つが宇治茶。宇治川、平等院鳳凰堂の湧き水などをめぐり、その秘密を探ります。
😎現地取材 銀閣寺・東山編(#102)将軍・義政が隠居のために建てた銀閣は、引き算の美が特徴。義政のどんな思想が読み取れるのでしょうか?
😎現地取材 京都祇園編(#70)舞妓さん・芸妓さんが歩く、日本一の花街である祇園。祇園は、意外にも分業制で成り立っていました。
😎現地取材 清水寺(#69)清水寺は、はるか西の嵐山の辺りと同じ地層。なぜなのでしょうか? 崖の交差点に立つ清水の立地を探求。
😎現地取材 伏見編(#37)外国人が選ぶ観光地第1位・伏見稲荷大社の千本鳥居が有名。秀吉は伏見の2つの城に4年間居住しました。
😎現地取材 嵐山編(#36)風景写真でおなじみの渡月橋や天龍寺の紅葉は、自然と人為の力が合わさってできた絶景でした。
😎現地取材 南禅寺・御土居・新京極(#パイロット版)京都の郊外にある盛り土である御土居。応仁の乱で荒廃した京都の再興をめざした、豊臣秀吉の思いが見られます。

伏見城の南側|ブラタモリ京都・伏見

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伏見城から見て、南にあたる宇治川のさらに南には、周囲より約5m高くなっている盛り土のような部分があります。これは、なぜなのでしょうか?

ブラタモリが歩いたのはヒカリハイツ北側一帯、向島駅から奈良街道たどり、観月橋駅をめざします。

タモリさんが許可を得て入った、写真の駐車場の向こうは、大きな段差となっています。

宇治市資料

この5mもの段差は、昭和初期まで存在した、巨椋おぐら池(地図左下)を渡る、太閤堤の跡です。かつてこの盛り土は約4キロの長さを持っていました。

太閤堤を渡すことで、宇治川の流れを城のそばまで引き込んだのです。南方の奈良から、北方の京都への物流が伏見を通るようになりました。さらに、宇治川・淀川をつなぐ大土木工事による伏見・大坂間の水運とあいまって、伏見の活性化を図りました。

なお歴史上、秀吉や家康は幾度となく、大坂城と伏見城を行き来しますが、水路を経由する機会が多かったのです。

秀吉の最初の城・指月伏見城は、その存在が謎に包まれていましたが、2015年に金箔瓦が発掘され、初めてその姿が見えてきました。出土があったのは、奈良線桃山駅南側の近畿財務局桃山合同宿舎第15棟付近です(地図)。

南に宇治川と巨椋池を望む、絶景であったと考えられます(撮影場所に立ち入りはできません)。「さらしなや をしまの月も よそならん ただふしみ江の 秋の夕暮れ」(月が美しいという信州の更科、松島の雄島より落ちる場所と言えるだろうか? ただただ伏見の巨椋池の、秋の夕暮れの月は素晴らしいものだ)。

酒どころ伏見と伏見神社の関係は?|ブラタモリ京都・伏見

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京都伏見は、酒どころとして知られます。知名度が高いものだけでも、黄桜、月桂冠、松竹梅があります。

酒どころには、必ず良い水があります。伏見は江戸時代には、伏水と書かれたこともある名水の郷です。なぜ、伏見には、良い水が湧くのでしょうか?

伏見の地形
伏見の地形・地層

伏見の水の秘密は、桃山断層(地図のピンク色)です。京都盆地の地表の多くは、風化した砂利による地層に覆われているため、保水能力が低く木々も育ちません。

しかし、伏見稲荷大社付近では、地下の伏流水が断層にぶつかり、地上にしみ出すため、湧き水や森を形成しています。

藤森神社、御香宮神社も同様です。

ブラタモリでは、日本最大級の無橋脚トラス構造の鉄橋である、近鉄京都線 澱川橋梁(地図)も見学しています。

京都でブラタモリ内容
😎現地取材 山科(#234)
😎現地取材 東寺(#233)タモリさんが東寺を中心に、幻の西寺、いまはない羅城門を探る。
😎現地取材 大原(#207)タモリさんが、壇ノ浦の戦いで生き残った平徳子(建礼門院)が隠居し、いまは山里が広がる「大原」の魅力を探ります。
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天橋立(#172)
😎現地取材 比叡山編(#143 144)比叡山は、日本の仏教の母。最澄はどのような教えを説いていたのでしょうか?
😎現地取材 京都御所編(#142)天皇の住まいだった京都御所が、なぜ今の場所にできたのかを探ります。消えた天井川に大きな関わりが?
京都西陣編(#139)織物の町・西陣はどうできたをテーマに、西陣織特有の織り方から応仁の乱の実際までを探ります。
😎現地取材 宇治編(#103)日本3大茶の1つが宇治茶。宇治川、平等院鳳凰堂の湧き水などをめぐり、その秘密を探ります。
😎現地取材 銀閣寺・東山編(#102)将軍・義政が隠居のために建てた銀閣は、引き算の美が特徴。義政のどんな思想が読み取れるのでしょうか?
😎現地取材 京都祇園編(#70)舞妓さん・芸妓さんが歩く、日本一の花街である祇園。祇園は、意外にも分業制で成り立っていました。
😎現地取材 清水寺(#69)清水寺は、はるか西の嵐山の辺りと同じ地層。なぜなのでしょうか? 崖の交差点に立つ清水の立地を探求。
😎現地取材 伏見編(#37)外国人が選ぶ観光地第1位・伏見稲荷大社の千本鳥居が有名。秀吉は伏見の2つの城に4年間居住しました。
😎現地取材 嵐山編(#36)風景写真でおなじみの渡月橋や天龍寺の紅葉は、自然と人為の力が合わさってできた絶景でした。
😎現地取材 南禅寺・御土居・新京極(#パイロット版)京都の郊外にある盛り土である御土居。応仁の乱で荒廃した京都の再興をめざした、豊臣秀吉の思いが見られます。

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😎過去回ロケ地 完全収録

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コメントをどうぞ(情報ご提供、旅行相談など)

  1. 川野陽子 より:

    日本列島が、動くこの時期この番組の制作意義は、大変大切なものが、在ると思います。

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