ブラタモリのまとめ

ブラタモリまとめ 沖縄首里城の歴史・地形観光スポット……2016.2.27

2016/04/16

沖縄・首里城はサンゴでできている?ブラタモリでは沖縄・首里城の歴史や地形が分かる観光スポットが紹介されました。一般の観光案内とは全く違う内容です。

広告

首里城とは

✔ 首里城は那覇市中心部の東部の高台にあり、琉球王国(1429年~1879年)の政治、外交、文化の中心であった場所です。

首里城

✔ 沖縄戦で日本軍が拠点をおいたため、首里城はことごとく破壊されました。2000年に世界遺産に認定された根拠は地下に眠る「遺構」となります。遺構の発掘は徐々に進められ、文献が存在する建造物は復元が進みます。

✔ 日本は琉球王国を征服しただけでなく、首里城に軍の拠点を置いたことがその破壊につながりました。首里城の再建は、沖縄の人の傷を少しでも癒すための事業でもあるとされています。

首里城

✔ 首里城は本土の城と異なり、周囲を曲線上の城郭が囲む「グスク」と呼ばれる様式です。グスクは、諸説ありますが宗教上の聖地という色彩も持つとも言われます(このほか集落説、支配者の居城説など)。

✔ 沖縄県内には小さなものを中心に約300のグスクがあります。首里がもっとも強いグスクであり、小さなグスクを制してきた歴史があります。

✔ 首里城の石積みの技術は、大陸文化の影響で本土よりも早期に発達していたと考えられます。首里城では原始的な野面積みではなく、加工が必要な布積み(=長方形に積む)や相方積み(=複雑な幾何学的紋様に積む、写真)が存在します(曲線型の城壁の一段低い通路は「武者走り」と呼ばれます)。

首里城の石垣の秘密

首里城石垣

✔ 首里城の石垣は、本土と異なり曲線を描いています。なぜなのでしょうか?

✔ 沖縄のグスクにおいて、石垣などの建造物はほとんどが「琉球石灰岩」から作られています。石灰岩はコンクリートの原料として知られ、サンゴや貝などの死骸がもとになる加工しやすい軟石です。

沖縄の地層

出典:http://www.web-gis.jp/GS_Okinawa-Gama/gama-index.html

✔ 沖縄を含む南西諸島の首里城を含む沖縄島中南部や宮古島周辺の地層のベースは泥岩です。これは中国大陸から流れ込んだ泥によって作られたものです。ある時期に南西諸島の西側に「沖縄トラフ」(南北1千キロに及ぶ海底のくぼみ)ができ、泥はそこに落ち込むようになります。結果的に南西諸島の水質が澄み、隆起し海底が浅くなった一帯にサンゴが育つようになります。サンゴが育つ条件は、海が浅く澄んでおり太陽光が届くことです。

(注)沖縄には付加体(=大陸プレートが沈み込む際にはぎ取られた、海洋プレート上の堆積物)の石灰岩もあります。

✔ その後南西諸島の一部が再度隆起し、一部のサンゴが地表に出て死に絶え石灰石に変化していきます。

✔ 関東では秩父セメントの武甲山が知られるように、日本では各所で石灰石が産出されます。この石灰石は3〜2億年前に赤道付近にあったサンゴ礁の地殻変動による移動が成り立ちのため、南西諸島のものとは異なります。石灰石の多い地域では水はせっけんが泡立たない硬水(カルシウム、マグネシウムが多い)になることが多いですが、日本では独自の条件があり成分が溶け出さず地形的条件から水が石灰石に触れる時間が短いため軟水になります。軟水の方が炊飯やお茶には向いていますので、日本文化は石灰石の地形的な条件に影響を受けているとも言えます。

(注)日本の土壌中の CO2分圧は湿潤熱帯よりは低いですが、石灰岩は水に影響を及ぼし独特の水質を作っています。

※取り消し線部分は尾方隆幸琉球大准教授よりご指摘がありました。深くお詫びし訂正いたします。また(注)のアドバイスを頂きました。有難うございました。

武甲山関連記事 関東棚田の穴場 秩父横瀬駅「寺坂棚田」の絶景は温泉つき

歓会門

✔ 写真の「歓会門」では高い技術を必要とするアーチ門が採用されています。首里城の給水源である「龍樋(りゅうひ)」近くにある瑞泉門は歓会門より古く、双方の柱で支える「双壁門」という技術が用いられています

瑞泉門 首里城

✔ 首里城瑞泉門付近には隅がとがった「隅がしら」という細工が施されます。このデザインの意図は現在も不明ですが、高い技術と美意識をうかがうことができます。

✔ 首里城の石垣は、本土と異なり曲線を描いています。なぜなのでしょうか?

・琉球石灰岩の加工の容易さが、石積み技術の発展を促した。

・その成果は、アーチ門、隅がしら、布積み(=長方形に積む)、相方積み(=複雑な幾何学的紋様に積む)など様々な点に確かめることができる。

首里城

✔ 首里城は那覇港を見下ろす高台にあるため、港の監視に適していました。沖縄本島で首里城が高台にあるのは、琉球石灰岩がカバーのようになり土地の浸食を免れたためです。

✔ 現在、首里城では髪を祀る場所である御嶽(うたき)の発掘作業が進められています。

高台の城「首里城」では水はどうしていたの?

首里城 地図

出典:http://www.ne.jp/asahi/okinawa/hiro/syuri.htm

✔ 現在は電気ポンプよる水道を利用しますが、高台にある首里城は、かつてどのように水を確保していたのでしょうか?

✔ 上述のように、南西諸島の基盤地層は水を通しにくい泥岩(=島尻層泥岩)。その上に堆積している琉球石灰岩は気孔が多く水を通す作用があります。首里城では雨が琉球石灰岩を通過し、島尻層泥岩で止まり低いところへ地下水脈として流れていきます。その出口が「龍樋(りゅうひ)」と呼ばれる湧水です。

※龍樋は、龍の口の形をした樋(とい)が語源。「瑞泉門」は立派な泉という意味で、龍樋に近いため名づけられた。

✔ ブラタモリでは龍樋の水がほんとうに琉球石灰岩を通過した硬水であるかどうか調査しました。するとカルシウムが多く、地中に長く留まっていた証となる高い電気伝導度も計測されました。

琉球王朝時代から続くみそ店

玉那覇味噌醤油

出典:楽天「沖縄よーんなーライフ」

✔ 首里城の北にある「玉那覇味噌醤油」は琉球王朝時代から170年存続するみそ店です(地図はこちらから)。

出典:楽天「沖縄よーんなーライフ」(画像クリック対応)

✔ 玉那覇味噌醤油の直下に地下水脈が流れており、200~300年前から湧く井戸を味噌づくりに使用しています。製造している味噌は、県内の高級料理店でも使われています。

首里城周辺の40名に限定されていた「泡盛」

✔ ブラタモリ一行は首里城の南にある「瑞泉酒造」を訪ねます。黒麹のはたらきで発酵を促す泡盛は、かつて首里城周辺の40名に製造が許可されていました。アルコール度数が高いと泡が盛ることが語源です。泡盛を扱うお店のステータスが「古酒」のストックですが、沖縄戦で全て破壊されてしまいました。60年前に古酒づくりを再出発しています。

「泡盛」と空手の意外な関係

✔ ブラタモリ一行は首里城の南にある「文武館総本部道場」を訪ねます。

✔ 空手は琉球王国が生んだ武道です。首里城は余った泡盛について、各酒造が売りさばくことを認めていました。そのため泡盛を那覇に運びましたが、泡盛や売上金を狙った強盗に襲われることがありました。そのため各酒造では武人を募ります。これが中国拳法に影響を受け、独自に発達した空手の原点になります。

✔ ブラタモリでは玉那覇味噌醤油(地図はこちらから)から西へ徒歩2分大中集合住宅前にある「祈りの湧き水」を訪ね沖縄と首里の歴史に思いを馳せました。

ブラタモリ記事一覧

※フェイスブック ブラタモリとヨルタモリ

広告

おすすめの記事


安い宿の宿泊レポートをアップ→安い宿の旅(姉妹サイト)

-ブラタモリのまとめ