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【富士登山】ブラタモリおすすめスポットのまとめ~歴史・地形・穴場~#19 20 21

2017/08/04

NHK番組のブラタモリで、富士山の歴史や地形を踏まえた穴場観光スポットが紹介されました。旅行の備忘録や教養のためにぜひご利用ください。この記事では、紹介地へのアクセスや関連情報を扱っています。

  • #19 2015年10月10日 富士山 ~富士山はなぜ美しい?~
  • #20 2015年10月24日 富士山の美 ~富士山はなぜ美しい?~
  • #21 2015年10月31日 富士山頂 ~人はなぜ富士山頂を目指す?~

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富士山の噴火と登山ルート

富士山の直近の噴火は、宝永の大噴火。山頂でなく、稜線の宝永山(ほうえいざん)が宝永4年(1707年)年に噴火しました。宝永山の西を通る富士宮ルートは、登山道としての歴史があり、地形・地質の変化にも富んでいるため、ブラタモリで選択されました。

富士北麓の青木ケ原樹海を形成したのが、貞観の大噴火(864年~)。貞観の大噴火と宝永の大噴火の間に、小規模な噴火が6回起きたと考えられています。

主な登山ルート

  • 富士山の登山ルートで、もっとも登る時間が短いのが富士宮ルートです。登りに5時間半程度、下りに4時間弱程度かかり、剣ヶ峰(富士山頂)往復や山頂のお鉢巡りに2時間程度かかります。
  • もっとも時間のかかる登山は御殿場ルートです。1972年の冬山で24名が遭難するなど、難度が高いルートです。
  • 山梨県側から登る「富士吉田ルート」「須走ルートは」その中間の難度です。
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冨士山本宮浅間大社/ブラタモリ富士山

富士山本宮浅間大社

ブラタモリは、冨士山本宮浅間大社からスタート。テーマは、富士山はなぜ美しい?

  • 冨士山本宮浅間大社 … 身延線・富士宮駅から北西方向へ徒歩10分

室町時代の『富士曼荼羅図』には、三保の松原、富士川、冨士山本宮浅間大社が名所として描かれています。山梨県側より早く、太平洋側の登山道が開けたことが分かります。また、富士山は南西方から見る姿が美しいことも分かります。

※秋から春にかけて、冨士山本宮浅間大社の鳥居の右遠方に富士山が見える日が多くなりますが、構図としては難しく、富士山撮影の場所としてのおすすめ度は下がります。

冨士山本宮浅間大社の本殿は、珍しい2階建て。徳川家康から寄贈されたものです。

  • 1階は寄せ棟造りと呼ばれ、富士山の形を模して作られています。
  • 2階は、富士山のさらに上にある聖なるものを象徴しています(諸説あり)。

富士山本宮浅間大社

本殿を左から見た写真です。1階部分は富士山を模しているとも言われます。

湧玉池

冨士山本宮浅間大社にある湧玉池は、古くは登山前のみそぎの場所でした。富士山の湧水が注ぎ込んでいます。

湧水している場所をよく観察すると、溶岩のようです。溶岩は水をよく通すため、溶岩の下の地層に水を通しにくい地層があることが予測されます。富士山の湧水は、約15年前に山頂に降った雪が地底を通過してきたものだとされています。

 交差点  末端崖(私有地)

ブラタモリは、湧玉池すぐそばの交差点付近に移動します。すると交差点を境に傾斜が終わり、平坦になっていることが分かります。ここが富士山の溶岩の最終到達地点、すなわち裾野の末端です。

ブラタモリ 富士山

周辺には溶岩の末端である末端崖があります(私有地ですが、道路から見学可能)。富士山の山頂から20キロ程度。湧水が湧くのはこの末端崖に沿った場所となります。

一般に、火山の形や美しさは、溶岩の柔らかさと関係があります。

溶岩が固いと、火山は昭和新山のように、かたまりになります。溶岩がやわらかすぎると、キラウエア火山のように、平らになりすぎてしまいます。富士山の美しい裾野を作ったのは、溶岩の適度な硬さと粘り気だということになります。

宝永火口周遊路と6合目雲海荘/ブラタモリ富士山

ブラタモリは、富士宮口5合目に到着します。

  • 富士宮口五合目:富士宮駅からバスで2時間。

ブラタモリは、富士山頂を目指す富士宮ルートを外れ、宝永火口を目指します。宝永火口は山頂でなく、山腹に位置する噴火の跡です。一帯の溶岩は、平安時代の宝永の大噴火によるものです。

宝永山付近の地形

  • 宝永火山へのルート付近には、スコリアと呼ばれる、遠くまで飛ぶ主要な噴出物が見られる。色は黒っぽい。
  • すぐ近くに火口があったことを示す、白っぽいスパターも見られる。
  • スパターが見られた地点から少し歩き、6合目の雲海荘に近づくと、一帯に付近に谷間の様な場所がある。これは、割れ目火山という細長い火口です。噴出したマグマの粒は、周囲に降り注ぎ、スパターとして残っている。

6合目雲海荘

宝永火口に向かうブラタモリは、6合目の雲海荘で休憩を取ります。タモリさんは、ラムネを注文。雲海荘の付近は、標高約2500m。高い木は見られなくなります。

  • 富士宮口5合目(バス停) →登山約25分→ 6合目雲海荘

宝永火口を出て少し歩くと、雪解けの土砂が山肌を削ってできた、雪代(ゆきしろ)を発見します。雪解けの土砂は、山肌をギザギザにし美観を損なってゆきます。なぜ雪代が多いにも関わらず、富士山の山肌は、滑らかさを保っているのでしょうか?

富士山は、割れ目火口が約100か所見られるように、噴火が頻繁なため、雪代による引っかき傷が定期的に修復され美観を維持しているのです。頻繁な噴火は、富士山の化粧直しとも言えます。

宝永火口/ブラタモリ富士山

ブラタモリは、宝永火口付近に到着します。ガスが晴れ、タモリさん念願の宝永火口を見ることができました。宝永火口は、富士宮口5合目から105分です。ただし、宝永第一火口から宝永山馬の背は砂礫の多い難所となり、とくに夜間は道に迷いやすくなります。

  • 富士宮口5合目(バス停) →登山約25分→ 6合目雲海荘 → 登山約80分 → 宝永火口

1707年の宝永噴火は、16日間続き、御殿場では1~2mの灰が積もりました。すり鉢状の美しい火口ですが、よく見ると頂上に近い方から順に大中小の3つ火口があります。

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出典:10万年以上かけて創られた4層の富士

宝永山火口付近の土の色が赤い部分は、古富士と呼ばれる大昔の富士山の地層が姿をのぞかせたものです。

およそ1万年前に噴火で新富士が誕生したとき、2つの富士はほぼ同じ高さを持ち、富士山はふたこぶラクダのような形状でした。古富士は時間が経つにつれ崩れてゆき、2900年前に大崩壊を起こしています。その結果が現在の富士山の形なのです。古富士の大崩壊のあと、宝永噴火を含む度々の噴火により稜線は美しく整えられ、古富士がほんの少しだけ顔をのぞかせる形となっています。

宝永火口の底へ

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出典:http://blogs.yahoo.co.jp/fuji_shimizu/55638184.html

ブラタモリは、宝永火山の底を目指します。中腹に巨人(ダイタラボッチ)の足跡のようなものが見つかります。これは何なのでしょうか?

足跡に見えたのは、雪代の残した痕跡です。案内人は、足元に白いペンキで塗ったような石があることを指摘します。白の正体は鉱物ですが、分析した結果、石英を含む温泉の湯の花に近いものだと分かりました。

宝永火山のすり鉢状の壁をみると貫入(マグマが岩肌を割り、地表に表出する現象)の跡があります。宝永火山の噴火によるパワーで貫入が起き、その後周囲の柔らかい土が侵食を受けて削り取られ、貫入した固い岩が表出したものです。

※タモリさんは、ブラタモリ金沢編で、辰巳用水内にも貫入を発見していましたが、マニアック過ぎ放送されなかったとのことです(ブラタモリ金沢のまとめ)。

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出典:島弧火山の活動報告

宝永火口の壁にある岩脈は、全て山頂に向かっています(写真)。なぜなのでしょうか?

フィリピン海プレート上にある伊豆半島が本州に衝突し、今も押し続けている力学が背景にあります。土地は力が加わった方向に割れ目ができます(例えば栗に器具で強い力を加えると、力が加わった方向に避けます)。富士山の美を生み出したのは地球のプレートでもあったわけです。

富士山の美を生み出したもの

  • 溶岩の適度な固さによる、均整の取れた姿。
  • 雪解けの土砂が山肌を削った跡(雪代)を隠す、多数の側火口の、度重なる噴火。
  • 古富士大崩壊による単独峰の成立。側火口の度重なる噴火が、崩壊跡を修復。
  • フィリピン海プレートが、富士山を押し上げる力。

このように、多くの奇跡が富士山の美しさを作り上げました。46億年の時の流れのなかで、富士山がもっとも美しい時期に我々が生きていることも、1つの奇跡です。

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出典:プリンスルート案内

宝永火山に到着後は、富士宮ルートに戻らず御殿場ルートに合流する形が便利です(通称・プリンスルート)。

九合五勺(9.5合目)から富士山頂・剣ヶ峰へ/ブラタモリ富士山

ブラタモリ富士山編の3日目は、標高3590mの九合五勺(しゃく)からスタートしました。

富士宮ルートの九合五勺胸突き山荘は、3590m地点にあります。雲海が広がり、ここからは急な上り坂になります。

※宝永火山、プリンスルート経由でも、九合五勺胸突き山荘へアクセスできます。

古い絵図を見ると、松明(たいまつ)を持った白装束の登山者が描かれています。登山道は大きく変わっていませんが、江戸時代の富士登山は、現在と大きく異なっていたようです。

地図は、都内に残る最古の富士塚‎である、鳩森八幡神社の千駄ヶ谷富士付近です。かつては全国に富士講と呼ばれる組織があり、共同でお金を積み立て、代表者が登頂を目指しました。また江戸各地に富士山を模した富士塚が作られました。

タモリさんは、酸素を補給しながら山頂に迫ります。山頂では多くの登山者が迎えてくれました。山頂手前には鳥居があり、12年に1度、現在も残る富士講により建て替えられています。

山頂にある富士山浅間大社奥宮へ参拝します。上の画像を左へ回転させると、山頂手前の鳥居が見えます。登頂のご褒美として、お神酒の進呈があり、巨大な御朱印を白装束に押してもらいます。富士山では、8合目以上は浅間大社の所有、すなわち境内となります。なぜなのでしょうか?

富士山の登山者は火口に賽銭を投げますが、その火口の底の高度がちょうど8合目に合致しているからです。

火口をよく観察すると、周囲をいくつかの峰が取り囲んでいます。これらは、菩薩、観音などと名づけられ、仏様に模されています。古来の信仰では、8体の仏様に囲まれた火口の中心に大日如来が現れると考えられていました。

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出典:日本のシンボル 憧れの富士登山⑤~世界遺産

現代の富士山でのご来光と言えば、日の出を拝むのが目的です。一方、江戸時代のご来光は、太陽を背にして大日如来が現前する奇跡を見ることが目的でした。この奇跡は、現代では、ブロッケン現象と名づけられます。

浅間神社奥宮から、お鉢巡りのルートをさらに登り、最高地点(剣ヶ峰)に向かいます。手すりが欠かせない、急坂を登りきり、ついに3776m地点に到着します。

剣ヶ峰の測候所には、台風の位置を一刻も早く測定する富士山レーダーが設置されていました。富士山レーダーは、10年前に役割を終えましたが、日本の気性予測技術は大幅に進化しました。富士山は独立峰のため周囲に遮るものがなく自然観測には最適の場所です。現在でも多くの研究者が測候所を利用しています。

測候所では、現在は雷の研究などがされています。雷の観測では、はるか岩手に落雷した様子も観測が可能です。落雷の全体像の観測は、世界でも非常に珍しい研究です。米国では雷の研究は、航空機を飛ばさなければなりません。

70歳にして富士山に初登頂したタモリさん。大変良い記念になりました。

富士山でブラタモリ

山梨県側の富士山を知る


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